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短歌

私の短歌ー返り花

2015年2月16日

チングルマ

チングルマ

自然が、そして山が、山に咲いている花が大好きなのに、自然にも溶け込みきれない寂しさを時折感じることがあります。

そんな違和感をもちながらも自然の中にともに生きている生物、植物などに慰められ、力づけられながら日々過ごしております。

そんな心の揺れを短歌にしてきました。

未熟な作品ばかりですが、読んでいただければ大変嬉しく思います。

そしてご感想など戴けましたら、この上なく嬉しいことです。


返り花


残雪


高山にある花畑訪(と)ひ来たり視界を霧に失ひながら


足許のおぼつかなければ何も見ずしばらく雪のみ見つつ登りぬ


残雪はひと日ひと日を融けながらざリざりとして陽の匂ひする


鎌沼は雪解け水を集めつつ吾妻の裾にたっぷりとせり


チングルマ雪の闇より咲き出でて涼しきひかりの葩匂ふ


みづみづと山上の花濯(あら)ふ霧われもあらはれ身の透きとほる


これの世の風雪厳しき山巓に場所を選びて花は咲きゐる


木道の高くゆらゆらする所天に近くて空を揺すりぬ


ラベンダーの風


入り来よと木道ありて木道より逸れてはならずただ行けといふ


小田代原(おだしろ)に枯草匂ふ陽の光ゆっくりと来る春を好めり


落葉松のこまかき芽吹き刷毛をもて空をみどりにはきたるやうに


谷地坊主と名を負ふ草は湿原にいのち護ると伸びてふくらむ


増えすぎを憂ふるは人の声にして駆けゆく鹿のしなやかな脚


六月になればにわかに夏が来てラベンダーの穂の中に風


山帽子の花は日毎に増えゆきぬ青める白は雨に似合ふも


白き皐月をしばし窺いゐし蜂が紅の皐月に行くまでの揺れ



睡蓮沼へだてしつらへし能舞台その空間に静寂が棲む


ライトアップに桜浮かびて篝火の炎(も)えはじめたり能舞台わき


満開の桜のしたの薪能葵の上の小袖はこばる


桜咲く空に消えたり般若なる御息所の音無きあゆみ


六条御息所の理性とや哀しや消えて桜うすやみ


脚長く影先立てて角よりは夕暮れどきを影のごとゆく


亡き人はもの言はずして集いくる人にひさびさの逢ひを賜へり


焼香のとき風たちぬ魂が空をうごきて哀しみたらむ


夜々を見る夢もわれの生のなか支度ととのはず遅れてしまふ


音もなく今朝は緑の葉となりぬ心音のごとく息づきゐしが


会津


雪かづく会津朝日を遠望むはつなつの額しづかに冷えて


朝日さす霧の山はら金色の蕨を折らむとわが手近づく


会津の冬斎藤清の雪屋根のふところふかき版画に対ふ


軒低くうすら闇ある店先をのぞけばひっそりと物売る女(おみな)


杖の母と連れだちて来ぬ宿場町に亡父が宿りてゐるかも知れず


この宿場守(も)りきし人の墓のある森まで並みて続く茅屋根


黒百合の売られゐるなリひっそりとむかしに戻る道あるやうに


幼な日のわれに風習の濃ゆき家自在鉤とふ不自由ありき


祖父母とふ確かなる人われにありて幼ごころに闇を育てき


茅屋根の下はむかしのうすら闇さらさらささやく陽の音(ね)も閉ざす


水明かり


子の任地一度見たしと言ふ老母の願ひつゆけし北の竜胆


はろばろと野越え山越えゆく先に小(ち)さき町ありおとうとが住む


末の子は母にはずっと末の子で老いたる今も小鳥のやうで


おとうとと別れて来たる山の店(たな)野ぼたんひとつ咲く鉢を購ふ


見晴らしに見下ろす湿原ほんのりと草紅葉して人を寄せざり


田沢湖をひとめぐりして水明かり心に棲まはせ帰り来しなり


貯水池に水増えたればあひるらは水上がりして水覗きをり


返り花


秋なれば急ぎ来たりて月山のリフトにすべなく吊られてゐたり


生(しょう)終へし黄蝶いくひら草原にかがよう上をリフトに過ぎき


草原に生を終へたる蝶の翅黄(きい)のひかりとなりて静けし


見下ろしの草原とほき草紅葉流るるごとく生のかがよふ


寒からずあたたかからず咲きてゐし黄菅は青き実を掲げたり


つつましき白山いちげの返り花霜の朝も白保ちゐつ


月山の山膚登りきし風に吹かれてゐたり指傷むまで


見下ろしの左手(ゆんで)は霧の海なれば片照りの尾根真直に歩む


白鳥の歌


返り花


木の道


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