伊豆沼の白鳥
自然が、そして山が、山に咲いている花が大好きなのに、自然にも溶け込みきれない寂しさを時折感じることがあります。
そんな違和感をもちながらも自然の中にともに生きている生物、植物などに慰められ、力づけられながら日々過ごしております。
そんな心の揺れを短歌にしてきました。
未熟な作品ばかりですが、読んでいただければ大変嬉しく思います。
そしてご感想など戴けましたら、この上なく嬉しいことです。
白鳥の歌
伊豆沼
かそか降る雪の輪のなか走り来ぬほのか明るむ山を目指して
星冴えて雪零れ降る沼の上のあかつき闇に鳥等ひそけし
一閃の朝のひかりに水蹴りて羽ばたく音は空にうかびぬ
浮かびたる雁(かりがね)鉤となる過程額あたたかく仰ぎてゐたり
つぎつぎと鉤となりゆく連いくつ迷ひもたざる声の北さす
数千の雁見送りし空白の沼の上低く鴨等飛びをり
いくたびの雪に汚れし白鳥を狭めてきさらぎの沼凍りたり
しなやかに沼に着きたる白鳥の首(かうべ)汚れて撒き餌争ふ
釣り針を過ち呑みし白鳥の胸に日ぐせの雪降りてゐつ
年々を鳥渡りくる自然とふ沼に蓮、菱、真菰植え継ぐ
白鳥の次々発つと聞きゐたり沼やはらかくふくらむ淵に
くれなゐをおび
ひたぶるの雪の窓辺に縫ひをれば白鳥の沼せつに近づく
前線の過ぎて吹雪のをさまりし沼辺に雪積む車並みをリ
沼の水乱して遊ぶ水鳥を着ぶくれて寒く人等見てをリ
幼子の餌を撒くなぎさにひしめきて水鳥は拙き歩みを見する
風切りの刃たたみし白鳥の水切りてゆく胸のふくらみ
夕映えにほそ首伸べて叫びたり白鳥かすかにくれなゐをおび
枯葦にひそむ白鳥はすかひにとらへて夕べのひかりつやめく
水鳥の水に濡れざる躰もて水を求める一生かなしも
冷えくれば午後の玻璃戸のくもりきて欄の匂ひのなかにこもらふ
病む父を老いたる母が看取りゐる晩年といふ静かなる沼
白鳥の嘴
日照雨雪となりたり速度もて山坂ゆるやかに登りきしとき
購ひし花の車内に匂い満ちこころひそやかに縛されはじむ
戦況を日毎伝ふるあやふさに咲(ひら)かむとしてためらふ蘭は
菱、真菰、蓮も枯れたる沼水を温め合ひて水鳥の群
稚くて首(かうべ)鋭き白鳥の危ふし灰白の翅の翳れば
見てをれば沼風寒き水の上白鳥を追ふ白鳥の嘴(はし)
戦況を嘆かひこもる声々の沼に響きて水鳥の声
嘴さむからむ
橋渡り入り来しは人の住まぬ島冬は匂わぬ雪薄く積む
踏み跡のみな径なりしこの島の小径はなべて海へとかよふ
かもめ翔ぶ冬の岬やこれ以上行けぬ思いもやうやくに知る
逆らへど逆らへきれず疾風に落ちし鴉の嘴(はし)さむからむ
なだらかな胸より首(かうべ)あぐるときもれたる声はこころか知れず
氷像の白鳥呼べばひかり曳きうつむく嘴より雫こぼしぬ
ひかり降る雪像の駅舎に子供らはいづくに向かふ汽車待ちてゐる
雪像の銀河鉄道雫して母病むたよりは昨日届きぬ
椿
橋のなき島にと向ふかよひ船春待つけふを島人等占む
島巡るバスかよはねばタクシーの堅き座席に身をゆだねたリ
椿咲く日を待たず来て見下ろしぬ天の翳りの入り海の碧
先陣の発てば追ふべき白鳥の飛翔はなやぐ沼の上の空
やはらぎし沼に渡りの近からむ白鳥夕茜負ひて羽ばたく
落日のひかりとどかむ沼底に白鳥沈むるしなやかな首