後首ももげ、形も定かではなくなった教伝地蔵が修復されのちの昭和53年千体地蔵の建立が始まったといいます。
那須町芦野の石工櫛田豊の作で今も増え続けているようです。
大きな手で祈りをささげる姿は独特だが、これも作者の意向なのでしょうか。
時々お訪れているが、毛糸で編んだ帽子が新しくなっていたりと手厚く守られている様子が見て取れ、那須の殺生石の名所になっています。
寄進をなされる人の心の奥深くまで見えるような地蔵たちの心を写し撮りたいと時々通っているが、私の写真は遠く及ばないようです。
雪の中の祈り
新雪のやわらかい雪は
衣のように地蔵を包み
寒風から地蔵たちを守っているのだろうか
時々襲う地吹雪にも
微動だにせず
祈りつずけている地蔵の顔は優しさに満ちていた
ひたすらに祈る
祈るためにあるような大きな手を掲げて
千体ともいわれる地蔵は
新雪の雪に埋もれながらも祈ることに迷いのない
誇らしい顔で
何を祈っているのだろうか
私にそんな祈りのこころが見えることがあるだろうか
那須殺生石
湯川橋から上流にかけて広がる河原には、いたるところに溶岩が転がり、硫化水素ガスが噴出しています。
溶岩のひとつの殺生石には、九つの尾を持った狐の妖怪にまつわる伝説が残っています。