川上未映子の作品は数冊読んでいるが、芥川賞受賞の『乳と卵』は読んでいなかったし、『夏物語り』を読んだとき、『夏物語り』は『乳と卵』の続きのようだと書いてあり、近いうちに読んで見ようと思っていたが、今回読むことが出来ました。
『夏物語り』は『乳と卵』の続きのようなところから発展していくとは言っても、かなり手触りの異なる作品のようです。
『ヘヴン』は眠れない夜に寝るために朗読を訊いたのだが、朝まで訊いてしまい、その後本を購入して読んだ作品ということで、偶然に私の好きな作家となったのが川上未映子です。
『乳と卵』のあらすじと感想
『夏物語り』は『乳と卵』の続きのようなもので内容は似ているが、続きとしてではなく独立した物語としてかなりのインパクトのある作品でした。
大阪弁は私にはなじみがなかったために、慣れるまでは大変でしたが、途中からすごい勢いで迫ってくる言葉の洪水の中で言いたいことだけを聞かされている不思議な感覚を覚えました。
スピードのある言葉であリながら、過不足なく伝えてくる言葉は余計なものをそぎ落とし、必要不可欠の内容を伝えていることに気が付きました。
『乳と卵』のあらすじ
姉の巻子とその娘の緑子が、東京に住んでいる妹の夏子のところに大阪から豊胸手術をするためにするためにやってきます。
しばらくぶりに見る姉の巻子は痩せていて化粧は浮いていて年よりも老けて見えます。
娘の緑子は母と話をせずに小さなノートに筆談をします。
夏子や母の巻子には分かりませんが、物語を読んでいるわたしたちには、緑子が母の様々を見ていると余計なことを言ってしまいそうなので言葉を発しないと決めていることが分かります。
初潮をを迎え、大人として成長過程にある緑子は、母が子供に乳をあげてしぼんでしまった胸を豊胸手術によって取り戻そうとしている母にたいする反抗などがあるようです。
それに対して、成長して胸が膨らみ初めた緑子はそれらの成長を否定的に感じてしまうようで、その辺の祖語があるようです。
翌日、豊胸手術の打ち合わせをすると出て行った巻子が、約束の5時になっても帰って来ず、9時になっても帰ってこず、心配していると酔って緑子の父と会っていたと言って帰ってきました。
そんな極限状態で、巻子は緑子に怒りをぶつけ、爆発した2人は卵を頭からかぶり、緑子はお母さんと声を出したのです。
その次の日、母子は大阪に帰っていきます。
この物語は、それらの齟齬を大阪弁で過不足なく書いてそれぞれの思いを描き出して素晴らしいと思いました。
帯に、芥川賞の選評が載っていますが、その文体の巧妙さが選者の心をつかんだようです。
『乳と卵』の感想
子供から大人へと成長過程の娘と女性としての下り坂に入った母との肉体的な変化を叔母の中間的な年齢に位置する夏子が書く物語として読むとき、それぞれの年齢が抱える気持ちを的確に書いていて納得させられます。
しかし、そんな内容を書くつもりで書いたのではないだろう、この物語は大阪弁という言葉の持つ不思議な文体の中で生き生きと息づいています。
この物語を普通の文章で書いたとき、これほど心に沁みると言うことはないし文体が醸し出す物語が魅力なのだろうと思いながら読みました。
10代の頃より、村上春樹の小説を読んでいたという著者は、村上春樹の読みやすい文体を意識しながら書いたのだろうと思われます。
私が読んだ作品は読みやすいものばかりで、村上作品から多くを学び、難しい言葉を使うことが純文学だという概念から抜け出すことに成功した作家だと思いました。