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『いのちの停車場』南杏子著

2020年5月に幻冬舎から刊行、2021年4月に幻冬舎文庫として刊行されたものを購入して読みました。

吉永小百合主演で映画化もされており、多くの人に読まれている作品のようです。

作者は、日本女子大学卒後、出版社勤務を経て、東海大学医学部に学士編入し、卒業後、現在も都内の大学病院老年内科などで勤務しているようです。

医者としての立場と知識から、在宅介護の現場を書いていますが、知識が多いだけに読者の胸に迫ってくるものがあります。

『いのちの停車場』のあらすじと感想

大学病院の救命救急センターから生まれ故郷に帰り、在宅医療医として働くことになった咲和子が直面する在宅医療現場を書いていますが、在宅医療を受ける様々な人たちとの命の意味を時々涙を浮かべながら読みました。

少子高齢化社会になり、在宅医療の必要性とそこで生きる人たちの葛藤は、病院のベッドで死ぬこととの違いを私たちにしっかりと見せてくれています。

『いのちの停車場』のあらすじ

62歳の白石咲和子は、救命救急センターの副センター長として8年間働いています。

救急医療の学会があり、多くの当直医が留守の時に病院の近くで事故があり、咲和子は人数をオーバーする7人の患者を受け入れ、慌ただしい現場で、国家試験浪人中のアルバイト事務員、野呂が点滴をしたということが問題になり、数年で定年になる咲和子は病院を辞めることにします。

父は加賀大学医学部の神経内科医で、80歳を機に引退し5年前に母が亡くなり87歳になった父がひとり暮らしをしているのも気がかりで、金沢に実家に戻ることにします。

そのようなことから、大学病院を辞めることに悔いはなく、家に戻ると、父からまほろば診療所の仙川が骨折をして診療が回らないのですぐきてほしいと言っているからと言われ、自転車で向かいます。

仙川は、在宅医療に切り替えていて、次の日から在宅医療の現場を回ることになりました。

救急医療という命を助ける現場から、在宅医療とという命を送る現場になったことで、途惑うことばかりでしたが、スタッフに助けられ、老老介護、半身麻痺のIT企業の社長に最先端医療医療の紹介、自宅で死ぬことを選んだ膵臓がん末期の厚生労働省の審議官、6歳の小児がんの少女と様々な患者を、いかに助けるかよりも、どのように最期を看取れるかを考えながら診療に当たらなければならない葛藤を抱えての日々でした。

野呂も咲和子を追うように来て、スタッフの一員になり運転手としてスムーズな移動を助けてくれるようになっていました。

そのような日々のある日、父が高いところのものをとろうとして、落ち大腿骨骨折をしてしまいます。

手術は成功したのだが、誤嚥性肺炎になり良くなりかけた頃、不眠が原因のIUCシンドロームになり、夜中にせん妄を起こし大声を出し起きようとすることから拘束ベルトを着けることになってしまいます。

食欲がなくなって、心配していた矢先、脳梗塞を起こして主治医から後遺症がのこるかもしれないと告げられます。

その頃、自宅で死ぬことを選んだ膵臓がん末期の厚生労働省の審議官の宮島は臨終が迫っていました。いろいろな工夫のもと、穏やかな死を迎えることができました。

小児がんの萌ちゃんが、人魚姫になれるようにお願いしたいために海に行きたいと何度も言うので、両親を説き伏せて渚を車で走れる千里浜海岸に行く計画を立て両親も萌えちゃんも納得したまま6歳の命を閉じます。

その頃、父は脳梗塞後の神経因性疼痛に悩まされていました。神経内科の専門医の父は苦しみながらも、この疼痛に効く薬はないと言います。

そして、家に帰ることになりますが、父は積極的安楽死を望んでいたのです。

悩んだあげく咲和子は、神経内科医の父の処方により父の意思を尊重することにします。

どうしようもない状態で、死がせまっている患者にたいしての安楽死の問題を社会に問う作品になっています。

『いのちの停車場』の感想

少子高齢化社会の中で、多くの人たちが死に向き合うことが多くなってくる社会に私たちは生きているのだろうと思います。

老老介護、ゴミ屋敷でのひとり暮らし、どんなに社会的に活躍した人にも、死は同じように訪れます。

それぞれの生きてきた最期をいかに幸せに看取れるかが、今後の問題となるのでしょうが、個人の力では及ばない現場を少しでも政治の力に頼れるような社会になってほしいと思いながら読みました。

ここに出てくる人たちは、まだ恵まれているのだろうと涙を流しながらも見えていない人たちのことが頭をよぎりました。

この小説の中の人たちのように、在宅医療すら受けられないで、孤独死していく人が少しでも減ってくれることを、せめて介護保険の心配をしないで、介護医療を受けられる人が増えることを願っています。

私も安楽死は難しい問題だと考えています。

まかりま違えば、悪用しかねない危うさを持っていますが、私が、咲和子は父のような状態になったときは安楽死という選択も必要だと思いました。

数十年前は、病院で管につながれて死を迎えるのが普通だったように思いますが、現在はそのような人はかなり減っているのかもしれません。

医療問題について、本気で考えなければならない時代を迎えているのだろうと思いました。

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