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『国体論―菊と星条旗』 白井聡著ー「日本のアメリカ」は何をもたらすのか

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失われた20年または30年という言葉はよく聞きます。

安倍総理が事あるごとに、アベノミクス 効果を吹聴していますが、日本はその言葉と裏腹に貧富の差が激しくなり、差別主義(レイシスト)がネット上にあふれるようになっています。

現在の破綻している民主主義を憂いる人はたくさんいますが、もはや肥大化した右傾化した人の感情的表出には太刀打ちできなくなっていることへのもどかしさを感じている方が多くなっています。

そのような時期(2016年8月8日)に天皇陛下の「お言葉」がテレビを通して発せられました。著者はその言葉に衝撃を受けたといいます。

天皇が象徴としての役割を担うことの大切さを発せられたものだが、政府との齟齬が生じたことも事実であり、それでも天皇としての役割の大切さを感じていたことと思われます。

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戦前と戦後の国体を天皇とアメリカに見立てる

明治維新から数えて戦前と戦後の長さが間もなく同じになる現在の状況を、戦争に突入した時ととても似ているとはよく言われることだが、長期化した安倍政権の下での軌道を閲した国会軽視や虚偽答弁、三権分立の破壊などによって、議会制民主主義も破壊している書かれているのを納得せざるを得ません。

こうした支配層の破産と呼応する形で、各種のおおぴらな差別感情の表出、メディアまで退却を重ね戦後社会の劣化は留まるところがそれないと私たちも感じている。

その中で発せられた「お言葉」であり、戦後民主主義が危機に陥っていることはまた憲法や皇室典範にある象徴天皇を問い直すことに他ならないのだろうという思いだったのだろうということから、国体を問い直しています。

そのような思いから、明治から戦前までを戦前国体の三段階、戦後から現在までを戦後国体の三段階としてまとめていきます。

戦前国体の三段階とは

  1. 明治時代「天皇の国民」として
  2. 大正時代「天皇なき国民」として
  3. 昭和前期は「国民の天皇」として

として、、定義できるという。

明治時代は近代天皇制の形成期であり、明治憲法により「統治権の総攬者」として位置づけられます。そして、天皇がひ弱であった大正天皇の元では大正デモクラシーなどの民主化が台頭します。

「天皇の国民」から「国民の天皇」の反転させたのは、北一輝によるファッシズムで、日本社会が経済恐慌から総力戦向かう中で、北一輝の思想に心服していた陸軍青年将校たちが、「天皇は自分たちの考えを分かってくれるはずだ」と思って起こしたのが2.26事件で、間もなく太平洋戦争にと突入していくことになります。

著者は、戦前の国体のサイクルを、戦後の国体にあてはめることが可能であるという考えのもとに、天皇の位置をアメリカが占めると書いています。

戦後国体の三段階とは

                                                                                
  1. 対米従属体制の形成期ー「アメリカの日本」の時代
  2. 対米従事の安定期ー「アメリカなき日本」の時代
  3. 対米従属の自己目的化ー「日本のアメリカ」の時代

このように戦前と戦後を分けてみると天皇がアメリカに変わって同じような歩み方をしていることに驚きます。

敗戦により、アメリカに占領された日本はアメリカに支配されることになります。それまで日本を支配していた天皇はアメリカにとってかわられることになります。

戦争の最高責任者たる天皇をアメリカは何故守ったのでしょうか。いろいろな意見はあるようだが、この時代、戦前からマルクス主義を信奉する知識層と世界での共産党の拡大を考えば、天皇を残すことは占領統治をするうえでスムーズにできると考えたのかもしれません。

日米安保条約もあのすさまじい反対運動によって決議され、全共闘運動、赤軍派運動、三島事件を経て、違和感を感じながらも、日本は経済の安定期へと向かっていき、「アメリカの日本」の時代の終焉を迎えます。

第一期と第二期を画するもののひとつにニクソンショックがあり、日本は高度成長期にと向かい、アメリカに「追いつけ、追い越せ」の時代であり、戦後の日本がナショナリズムを最大限に満足できた15年から20年でした。

第三期は冷戦崩壊期で、日米安保条約の存在意義を失い、アメリカが日本をアジアにおける第一の同盟者として遇する必然性が消滅したにも関わらず日本のアメリカ従属はますます強くなり、安倍総理が、「日本はアメリカとともにある」とまで言っているのが現在です。

戦前と戦後は第二の理想の時代を経て、第三の不可能性の時代になっていきます。

安全保障要約と憲法改正

阿部総理は憲法改正と家事を切り、改正案をまとめようとしているが、憲法改正は安全保障の見直しがない限り認められないという意見を持つのが多くの学者や野党側のようです。

その大きな問題点は安全保障条約にあり、憲法違反の安全保障条約を改正しなければけばならないという考え方です。砂川事件は日本国憲法よりも安全保障条約に則ってアメリカの言うままの判決が下されたのです。

それは暗線保障条約が憲法よりも上にあることを示したもので、占領が公式に終結した後にも、占領期におけるアメリカの日本という構図は無際限に維持されることになってしまうのです。これは日本が自発的に主権を放棄することによってであることは、現在の沖縄を見るまでもないことのように思われます。

知識層や学生たちは、アメリカからの中立を望み、60年安保闘争を迎えることになったが、日米安保条約お阻止には至らず、岸信介を退陣に追いやっただけでした。

その後、東大闘争浅間山草事件と激しさをもって行った後に、人々は「時代の終焉」を感じ取りました。

異様さを増す日本の対米従属

経済の低迷が続き、冷戦終了後のアメリカに現在も従属している日本とは何なのだろうかという問いの答えは、軍事的従属のためと言われます。

しかしそのような言い訳は、ドイツ、フィリピンなどを見ても解せないと言います。要は日本は独立国でなく、そうありたいという意思すら持っていないと言います。

他にやる人がいないと言われ、5年も続いている安倍総理が、アメリカのチンと言われるようにアメリカの言いなりであり、北朝鮮の拉致問題さえトランプ大統領頼りというのは1国民たる私にも解せない問題です。

ニーチェや魯迅が喝破したように、本物の奴隷とは、奴隷である状態をこの上なく素晴らしいものと考え、自らが奴隷であることを日にする奴隷である。さらにこの奴隷が完璧な奴隷である所以は、どれほど否定しようが、奴隷は奴隷に過ぎないという不愉快な事実を思い起こさせる自由人を非難し、誹謗中傷する点にある。

深刻な事態として指摘せねばならないのは、こうした卑しいメンタリティが「戦後の国体」の崩壊期と言われる安倍政権が長期化する中で、疫病のように広がってきたことである。

本文より

このような思いは、心ある国民の思いと一致するところだと思っています。

作者が書いているように、安倍総理が消えたからと言って、社会と個人の劣化が止まるわけではないという悲観的な言葉に胸が張り裂けそうだが、ここ数年間の国会を見てきて日本語まで通じなくなった政権と与党に悲しみを通り越している自分がいます。

この先の日本がこれ以上見にくい状態になるのを見るに堪えないが、この日本の危機に対して、象徴天皇として国民に立ち止まることを促した言葉に立ち止まるべきだろうと思いました。

            
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