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本・読書感想・映画

『神の子供たちはみな踊る』村上春樹著 地震の後で6編の短編

2016年2月15日

初出に地震の後でとあり、「新潮」1995年に連載した5つの短編と書き下ろし1編が収められています。

地震とは1995年1月に発生した阪神大震災のことであり、同年3月にオウム真理教が引き起こした地下鉄サリン事件にも触れられています。

それまで、平穏に生きてきた人たちがその巻き添えになった時に、多くの死者を出し、崩壊した建物を映像で見て、あの惨事に見舞われて私たちはいつ何が起きるかわからないという気持ちを抱きました。

これらの6編の短編には地震が直接かかわっているわけではないもののそれが何かしらの形で出てきます。

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『神の子供たちはみな踊る』 地震の後で6編の短編について

地震の後でと書かれた6編の短編小説には、実際に阪神大震災そのものは書かれていませんが、あの震災によって人々の心に与えたものごとの不確かさと人々が抱いた心の闇の部分を掬って書いたのだろうという思いは残りました。

アイロンある風景の三宅も順子も心に深い闇を持ち、タイランドのさつきも硬い石を抱えて生きているし、外目には見えないながらも誰もが何らかの闇を抱えて死に向かって生きているのでしょう。

そのような心の内を村上春樹は美しい言葉で書いているからこそ、たくさんの読者に支持されているのだと思いました。

しかし多様な人間が同じように読まないのは当たり前のことで、読者それぞれが、理解できること、理解できないことを持ちながら読んでいるのだと思います。

読者の性格、年齢、おかれている立場、経験などからも読み方は違ってくるだろうと思います。

私は若いころに読んで、意味のわからなかった小説をある年齢になって読み返して感動したという経験を積みながら本を読んできました。

まだ何冊も村上春樹の小説を読んでいない私はあらすじを書くべきでないと思いながら書いてしまいました。

優れた小説がそうであるように物語ではないところに深い意味を持つ言葉がちりばめてあるのを感じながら読みました。

私が特に好きだったのは「神の子供たちはみな踊る」ですが、「かえるくん、東京を救う」「蜂蜜パイ」も興味深く読みました。

UFO釧路に降りる

阪神大震災の地震のニュースを何もしないで毎日見ていた奥さんが5日目にいなくなり、書置きには「もう2度と戻ってくるつもりはない。夫の小村のことをとても良い人だけど空気の塊のような人だと書いてあり、送られてきた離婚届けに印鑑を押したところから物語は始まります。

その後、休暇をとることにすると、友人から釧路に届けたいものがあるので行かないかと言われ、小さな骨壺のような箱をもってその友人の妹の待つ釧路に着くと友人の妹のケイコさんとシマオサさんが待っていてくれ、その二人からUFOを見た奥さんが子供2人を置いて出て行った話を聞かされることになります。

人知の及ばぬところで起きた地震がこの短編の中に流れているようで中身のない人間たちの物語のようでした。

空気の塊のような人たちが話す言葉はかなり現実味を欠いていますが、村上春樹の意図も地震で何もかもを失った虚ろさを書いているのかと思いながら読みました。

アイロンのある風景

茨城の小さな海岸の町の、海のきれいなところに娘の成長の段階で戸惑う父親とうまくいかなくなり何もかもいやになって家出してきた順子、神戸に家があるが詳細不明の画家で流木を集めて海辺で焚き火をするためにここに住んでいるような三宅と順子と一緒に住んでいる大学生だが卒業見込みのない啓介が焚火を囲んで語る一夜の物語です。

ここでも三宅は神戸に家族がありながら、阪神大震災に触れたくないようにしていることで心の闇の深さをうかがわせます。

三宅が書いている「アイロンのある風景」は比喩でありアイロンが何を意味しているのかは分からないままですが、寒い冬の焚火の前で、啓介が去った後に語られる三宅と順子の会話は闇の中から紡ぎだされて、どこかで小さな炎が見えるような温かさを感じることが出来ます。

人間の孤独を深い闇の中から見ているような寂しさを感じさせられる短編でした。

神の子供たちはみな踊る

善也は母親が18歳の時に生まれたが、完ぺきな避妊をしていたのに妊娠したことで神の子ということになりました。

相手は耳のちぎれた産婦人科の医師だったが、自分はきちんと避妊していたのだから自分の子供ではないと言うのを聞いてふらふら歩いていた時に宗教家の田端さんに会い、それは神の子だから善也という名前を付けましょうと言われ、そこの宗教家たちのお世話にになって生まれました。

18歳しか違わない母は美しく、善也が成長しても家の中を裸で歩いたり、寂しくなるとベッドにもぐりこんでくることもあったが母親と致命的な関係になることを恐れましたが、母親は善也がいなくなったらどんなことになるかわからないので母親の元を去ることは考えられません。

神の子だと教えられていても、母親から聞いた耳のちぎれた人を見かけて追跡したのだったがいつの間にか見失いたどり着いたところは広いグラウンドであり、そこで何もかも忘れて踊るのでした。

善也は遠くの崩壊した街にいる母親のことを思った。もしこのままうまく時間が逆戻りして、今の僕が、その魂が深い闇の中にあった若い時代の母親に巡り合うことができたとしたら、そこで何が起こるだろう? おそらく二人は混迷の泥を同じくし、隙間もなく合致し、貪り合い、そして激しい報いを受けることだろう。でも構うもんか。そんなことを言い出したら、もっと前に報いを受けるべきったのだ。僕のまわりでこそ都市は激しく崩れさるべきだったのだ。

田端さんが死の間際に母を思っていたことを打ちあけて次の日に亡くなったが、その時に謝ることなんかない。息子である僕だってろくでもない妄想に追いかけられているんだと言いたかったが言うことはできなかった。

この最後のシーン(グラウンドで神の子となって踊り空想する場面)が、とてもきれいに描かれていて風景が心に浮かんでくるようでした。

これが村上春樹の世界なのかと、村上春樹の小説を読み始めたばかりの私は思いました。

タイランド

デトロイトの大学病院に所属して甲状腺の免疫機能について研究を続けていたさつきは夫がアルコール依存症が強くなりほかの女性が存在するようになっていたので、離婚後バンコックで行われる世界甲状腺会議に出た後、何もかもがいやになり日本に戻ることにしました。

その会議の後にとった一週間の休暇の間、ガイド兼運転手をしてくれたニミットとのやり取りを書いた短編です。

ホテルから静かなプールを毎日行き来するようなシンプルな休暇の中で繰り広げられる何気ない会話の中に、ニミットはさつきが抱えている闇を見抜いていました。

明日タイを後にするという日のプールの帰り案内したいところがあると言われて寄ったところは老女の家で、心を治療するところだと後で分かりました。

老婆はさつきが硬い石を持っていることを指摘しそれを夢に出てきた蛇に飲ませなさいと。そして阪神大震災で亡くなっていることを願ったその人は傷ひとつ負っていなことに感謝しなさいと言われました。

そして、ニミットはさつきにそこに連れて行った意味を次のように言ったのです。

あなたは美しい方です、ドクター。聡明で、お強い。でもいつも心をひきずっておられるように見える。これからあなたはゆるやかに死に向かう準備をなさらなくてはなりません。これから先、生きることだけに多くの力を割いてしまうと、うまく死ぬることができなくなります。少しずつシフトを変えていかなければなりません。生きることと死ぬることは、ある意味では等価なのです。

さつきは空港のコーヒーショップで誰にも言ったことのなく、一人で抱えてきたことをニミットに話そうとしたが、それを言葉にしてしまうと嘘になりますと、言って彼の主人でノルウェイのラップランドの出身だった方から聞いたという孤独な北極熊の話をしてくれました。

言葉は石になるといったニミットの言葉を思い出しながら、さつきは日本に向かう機上の人となりました。

かえるくん、東京を救う

巨大なかえるくんが片桐のところに尋ねてきて、巨大なみみずくんが東京の新宿の地下にいて地震を起こそうとしているので、みみずくんと闘って地震が起きないようにしたいから片桐に手伝ってほしいということでした。

手伝うことになっていた夜、片桐は拳銃に撃たれたと自分は思っていたのだが気を失って道路に倒れていたところを助けられて、病院のベッドの中でうなされていたのでした。

病院のベッドで気を失って応援していたようでかえるくんはみみずくんと闘い地震は食い止めたようですが、その疲れで片桐の病院で、粟となって消えてしまいます。

片桐にとってもどこまで現実であるかわからないような出来事ですが、現実と非現実を織り交ぜたとても深い内容になっているのでこの短編のあらすじを書くのはとても難しいものですが、片桐とかえるくんの会話を通して語られていることはとても深いものがあります。

私がかなり前に読んだトルストイのアンナ・カレーニナやドストエススキーの白夜などがかえるくんの口から出てきます。

私はほとんど忘れかけているそれらの小説を片桐と同じように読んでみたいと思いました。

この短編を私もどのくらい理解できたか自信はありませんが、興味のある方はお読みになることをお勧めします。

蜂蜜パイ

淳平が早稲田大学の文学部で出会った高槻と小夜子は親友としていつも行動を共にしていたが、これは高槻の意思で誘われた友人だったために、淳平は小夜子を好きになっても打ち明けることができませんでした。

しかし、淳平が関西に帰っている間に高槻と小夜子はふとした何かの偶然で深い中になってしまったと打ち明けられて、淳平は学校にも行くことができなくなってしまいました。

そのような淳平を学校に出てくるようにと尋ねてきてくれた小夜子の涙を見て、淳平は学校に戻り、2人が結婚し沙羅という子供が生まれてもマンションに尋ねていき友情をつないでいました。

高槻がほかに女性と付き合うようになり離婚してからも、娘の沙羅と4人でそのマンションで会い続けていました。

淳平は小説家として短編集を書いていましたが、それを最初に読んでくれるのは小夜子で小夜子の言うように直して賞を取り、食べるのには事欠かないくらいの収入を得ることができるようになっていました。

淳平は気が付いていませんでしたが、高槻は小夜子が本当に好きだったのは淳平であり、淳平が小夜子のことを好きなのはかなり早い段階で分かっていたようです。

高槻の離婚はなるべくしてなったのであり、淳平に小夜子との結婚を勧めますが淳平は悩み続けます。

しかしこの短編の終わりには次のようなくだりがあり、2人に明るい未来が明けようとしています。

これまでと違う小説を書こう、と淳平は思う。夜が明けてあたりが明るくなり、その光の中で愛する人々をしっかり抱きしめることを、誰かが夢見て待ちわびているような、そんな小説を。でも今はとりあえずここにいて、2人の女を護らなければならない。誰が相手であろうと、わけのわからない箱に入れさせたりはしない。たとえ空が落ちてきても、大地が音を立てて裂けても。

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