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『色彩を持たない多崎つくると彼の巡礼の年』のレビューの渦の中で

2016年2月11日

色彩を持たない多崎つくると彼の巡礼の年

『色彩を持たない多崎つくると彼の巡礼の年』をアマゾンで購入するためにレビューを読み、アンチ村上と村上ファンが入り混じっていることを知り、酷評がかなりあったのですが、初めて村上春樹の小説を読む私にはあまり関係がないことなので、無視して読むことにしました。

村上春樹の小説を読むことになったきっかけは二つあり、故河合隼雄の書いた本を数十年前から読んでおり、河合隼雄のファンだったので、『村上春樹、河合隼雄に会いに行く』を読み、村上春樹の考え方に共感したことによります。

この対談集は20年も前に行われていましたが、私が河合隼雄の本をかなり読んでいたのはその前であり、その頃はあることで忙しくしており、あまり本を読むことのできない時期だったので、見逃していたというか知っていても読めないかったのかだったのでしょう。

もう一つの理由はそれまで読んでいなかった村上春樹がノーベル賞の候補に毎年上がっていたのでなんとなく読んでみようというような軽い気持ちでした。

村上春樹の小説は読んだことがないので、どのようなものを書いているのか全く分かりませんでしたが、若い時に太宰治や夏目漱石、島崎藤村、谷崎純一郎などの小説を深く理解もできないままに読んでいて、その後若い方の小説に物足りなさを感じて、心理学的なものをわからないままに読んでいて出会ったのが河合隼雄だったのです。

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村上春樹の『色彩を持たない多崎つくると彼の巡礼の年』を読んで

上にも書いたように村上春樹という人となりに触れたのは、『村上春樹、河合隼雄に会いに行く』であり、村上春樹がかなり年上の、聞き上手で懐の大きな河合隼雄との対談から村上春樹の精神性というか考え方になんとなく好感を持つことが出来たことによりほかのものも読んでみたいと思うようになったのがきっかけです。

次に読んだのが『走ることについて語るときに僕の語ること』ですが、この本は走ることを書いていますが、「メモワール」として読んでいただいても差し支えないと言っているように彼の生き方と哲学が書いてあると思えるものでした。

その生き方は根本のところで、私にはとても納得の生きる生き方で、私ができないながらも考えている生き方と似ているとさえ思いました。

次に読んだのは、彼がこの小説に出会わなかったら、私は違ったものを書いていたかもしれないというスコット・フィッツジェラルド作、『グレート・ギャツビー』村上春樹訳でした。

村上春樹訳のとても美しい文章の小説ですが、これは原文もとても美しい文章のようで、原文で読んだ方がより良いということすが、英語を読めない私には無理のようです。

そしてそのようなわかりやすい美しい文章がこの小説にも流れていると思いながら読みましたし、回りくどさがないとてもわかりやすい小説だと思いました。

この世の中で誰でもが、特に女性は経験できないような旅行記『雨天炎天』で、そのすぐ後に『色彩を持たない多崎つくると彼の巡礼の年』を読んだのですから、村上春樹の小説から入った読者とはかなり違った読み方をしているのかもしれません。

たぶん、小説を読むときには作者について何の知識ももっていない方が作品としての価値は分かるのかもしれませんが、作者のことを私はかなり知りすぎていたので、多崎つくるの孤独をすんなりと受け入れることが出来ました。

あまりにも優雅な孤独だとの批評もたくさんあるようですが、作家はそれぞれにどんな形にせよモデルというものを持っていて小説を書くのだと考えた時、読者が生活の質(例えば優雅な生活だとか、恵まれているとか)は二次的なこととして読まなければ、作者が最も言いたい精神的なものを拾うことは難しくなってしまうのだろうと思いました。

確かに孤独だと書いている部分が多いので、その孤独さの深さをそぐことになり、読者にとって物足りなさが残ったのだろうという感じはありますが。

それよりも無彩色の灰田という人間はこの小説の中でかなり謎めいて書かれていますが、灰田を作者はこの小説の中でどのような意図をもって登場させたのだろうかという謎を残したままに終わります。

脇役のようでありながら、最後まで気になりながら読み進むことになった灰田は読み手に想像をゆだねられたままに終わっているのもこの小説の核となっているのかもしれません。

村上春樹が最も気に入っているという『グレート・ギャツビー』という小説は村上春樹の小説にでてくる人たちとはケタ違いに裕福な生活を送っていますが、そこには人間としての一途さや不条理が書かれています。

『色彩を持たない多崎つくると彼の巡礼の年』は優雅な生活というのとは別にして『グレート・ギャツビー』ほどには感動することがなかったのは、深いところでその部分の詰めが甘かったのだろうという思いはあります。

多崎つくるが大学2年の時にそれまで仲良くしていた5人組の友人4人から意味も分からずに切られてしまい、死ぬことばかりを考えて過ごした数か月から立ち上がったものの深く付き合う友達もいない孤独感はある日友達からきっはリと切られてしまった痛みからであり、それゆえにどこかで誰とも深く心を通わすことが出来ないでいた辛さも感じることはできます。

その年ごろの感じやすさは、年を重ねたからと言って忘れられるものではないことを、その年齢をかなり過ぎた私にもわかることですし、人間は年を重ねたから考え方や心の傷までなくなってしまうということではないと思います。

私のように現代文学からでなく、古典と言われる国内外の小説をわからないなりにも読んできた人間にとって、それらの古典文学は上流家庭を書いたものもかなり多かったためか、(貧しい生活を書いたものもあるが)孤独感が生活の質と関係のあるような批評を読むと違和感を覚えてしまいます。

どのような生活を送っていようと人間は孤独な存在であることにかわりはありませので、その普遍性が感動的に書かれていることに読者は感動を覚えるのではないかと思います。

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