『ねむり』は1989年発行の『眠り』に手を入れて2010年に発行されたということです。
私は『眠り』の方は読んでいませんが、『ノルウェーの森』と『ダンス・ダンス・ダンス』を書いた後、小説を書けないでローマにいた頃の春に書いたもので、『記念すべき作品になっている』とあとがきに書いています。
『ねむり』はドイツのデュモン社から素敵な装丁の本として出版されました。
『ねむり』のあらすじと読後感
『ノルウェーの森』と『ダンス・ダンス・ダンス』を書いた後に「作家としても、個人としても、あれこれきついことが立て続けに起こった」と書いていて、その辛い時期を経て書いたのが、『眠り』であり、『TVピープル』で、この2作によって小説家として軌道に載ることができた記念すべき作品というように、この小説を境に著名な長編小説を書き継いでいくことになります。
『ねむり』のあらすじ
ある夜の夢を境に眠れなくなった私は、歯科医である夫にも、小学生の息子にも言わずに眠れない夜を『アンナ・カレーニナ』を家事の合間に読んでいます。
小説は以前から好きで、小遣いをすべて本代にするほど読んでいたが、久しぶりに読書に引き込まれて行くのです。
結婚前にも眠れなくなったことはあったが、その時は昼のあいだ中、頭は常に靄がかかったように霞んでいたが、今回はそれと全然違う。
眠らないが、頭はクリアであり、食もある。疲れも感じないし生活に何の問題もない。
眠れないというのではなく、目覚めていることが苦痛でない主婦のさりげない日常を描いています。
夜中は本を読んでいますが、時々車で散歩に出かけます。
眠れなくなって17日目、夫と息子の寝顔を見ていていらだたせるものに思い至る。夫とよく似ている息子の寝顔を見ていて、息子は成長しても、夫のように私の気持ちなんか理解しないだろうと思った。
どんなに良くしてくれるように見える夫に対しても、このような不満は永遠に続くものかもしれません。
そのような感情を抱えて真夜中の町に出て公園で休んでいたとき、車の両側に男がいて、揺すられているのを感じます。
車が激しく揺れ、倒されようとしている車の中で私は震えています。
『ねむり』の読後感
不眠症で眠れない日を過ごしていたときにこの小説を読みました。
もちろん、昼間は眠くて仕方がなく居眠りをするほどなのに、夜になったら眠れないという不眠症です。
眠れなくとも、頭はクリアであり、何の不自由もない不眠症だったら、とても嬉しいが、そのようなことがあるはずはないのだが、村上春樹が書くと、そんなこともあるのだろうかと思わされてしまい物語の中に入り込めるから不思議です。
童話のように起こるはずもないような物語に読者を引き込むことのできる力量を備えているからこそできることであり、怖くて不思議な物語を書くことができる作家なのでしょう。
著者の悩みを抜け出すことに繋がったこの短編は、村上文学の飛躍に繋がった貴重な小説と行っても良いのだろうと感じながら読了しました。