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『九十歳何がめでたい』佐藤愛子著|あらすじと感想

「おしまいの言葉」を読むと2016年初夏となっていて、この秋に93歳になるということなので、1年前の4月から「女性セブンに連載をしたエッセイをまとめたのが『九十歳何がめでたい』ということです。

前向きにこれまで生きてきた作者が、90歳を過ぎてなおユーモアたっぷりに生きている日常を笑いを誘うような文章で書いていますが、90歳を真剣に生きてきたからこそ書ける珠玉のエッセイ集だと感じました。

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ある程度の年齢になったら自分勝手に生きたいと思っていた私には納得の生き方

佐藤愛子さんのようにおおらかに生きることが苦手な私は、若い時は自分のしたことを後悔することが多かったのですが、ある時をきっかけに「人の言うことには戸が立てられない。」と思うようになり、人のことをあまり気にせずに生きられるようになりました。

人の話は聞いても、最後は自分の物差しで考えて生きていこうと決めた時から、生きるのが楽になっています。

そんな私には、納得できる事柄が多く書いてありますが、その心根は優しさであふれており、可笑しさの奥に長く生きてきた人にしか書けない知恵や思いやりにあふれているのを感じます。

私は、戦争を知りませんが戦前戦後の激動期を生きてきた強さが考え方の根本にあるのだろうと思っています。若い人にとっては分からないことも多いと思いますが、柔軟に生きてきたからこそ、現在の生活を自在に生きることが出来るのだろうと思います。

ここ数年の間に、スマホ、パソコン、ランを使った電気製品など急激に普及して、若い人でも戸惑うようなことの多い時代になっていますが、戦前、戦後の激動の中を生き抜いてきた強さは、若い人には分からないものもあるかもしれません。

おかしいのを通り越して、トイレの話など自分のことのように感じながら読みました。あっという間にトイレの水を出す場所が変わっていたり、場所によって機能も様々で困ることは私などにもあります。

眼を患った時に場所によって違う水の流し方が分からず、見えにくい目でとても困ったことを思い出しながら微笑んでしまいます。こんな些細なことも人に笑いを与えることが出来る作者はとても若い心を持っているのだろうと思ってしまいます。

私も数年前に心も体も弱っていく母を看取りましたが、晩年は耳がいつの間にか聞こえにくくなり、目も見えにくくなる速さに戸惑ったことがあります。

私にも近い将来そのような時が来るのだろうと思いながら、それでも作者のように柔軟な心でできなくなることを受け止めていければという願いを強く持ちました。

悩んでも、悩まなくても同じ時間が過ぎていくのですから、せめて年を重ねたら、楽しく生きていくことを考えたいと思います。

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