大阪の商家の生まれ(老舗昆布屋の小倉屋山本)である山崎豊子さんは「花のれん」で吉本興業の創業者、吉本せいをモデルに大阪人の知恵を描き、直木賞を受賞しました。
綿密な取材により書かれた小説が多く、中国残留孤児を描いた「大地の子」はテレビドラマ化されて何度も放映されましたが、見るたびに涙を流しました。
お盆の時期になると思い出さざるを得ない、日本航空社内の腐敗や日本航空123便墜落事故を扱った、「沈まぬ太陽」を読み政治と金の問題に憤りを覚えました。
毎日新聞社記者であった山崎豊子ならではの綿密な取材で社会問題をえぐりとる小説からは、いかに生きるべきかを考えさせられます。
『約束の海』の主人公の父は「日本人捕虜第一号の酒巻和男がモデルとされていて(真珠湾攻撃により捕虜になった)、捕虜の身ながら一人だけ武器を使わない戦争をしていた人物であると言います。
山崎豊子はこの人物にかなりひかれていてこの人を父親として書いた『約束の海』は未完ながらも戦争と平和を追求した小説になっています。
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『約束の海』のあらすじと読後感
酒巻和男がモデルと言われる花巻和成の次男である主人公花巻朔太郎は防衛大学校を卒業して、潜水艦「くにしお」の船務士で階級は二等海尉になっています。
1988年海上自衛隊潜水艦と遊漁船が衝突し、遊漁船が沈没した海難事故「なだしお事件」を想起させる内容ですが、この小説では同事件とは年代がずれた設定になっていることから、この事件を直接に扱ったものではないようです。
潜水艦「くにしお」が事故を起こしたとき国民にはかなり叩かれましたが、今から20年近く前と現在の世界情勢はかなり異なっていることから、自衛隊の存在と自衛隊に対する国民の考え方はかなり違っているのではないかと思って読み進みました。
潜水艦「くにしお」が民間の釣り船と衝突した時、国を守るために海洋を護っている潜水艦が事故を起こしたことにより、報道は一方的に潜水艦の乗組員を悪し様に書き、国民から叩かれて乗組員であった船務士で階級は二等海尉の花巻朔太郎は自衛隊の仕事に疑問を抱くようになります。
そんな気持ちの中で、海軍兵学校を出て真珠湾攻撃で捕虜となった父と話すことができ、自衛隊を止めようとしていた気持ちが少し変わります。
自衛隊の責務の重さを諭され、自衛隊を止めても事故で無くなった人に対しての罪の意識が軽くなることはないと言われます。
「身命は国民に捧げるぐらいの覚悟がなければ、国を護る仕事には不適だ。」
「だから、お前たちの時代になっても、遺書を書いて、任務に就いているのだろう?」
「遺書を書いて任務に着く仕事は、今時の日本にそうないだろう。その分、誇りと覚悟を持って当たっていたはずだ。」
という父の言葉に返す言葉もなく、帝国海軍少尉の花巻和成はとうに死んでいると言いながらもかっての軍人としての在り方を示されたような気がします。
「悩みは深いようだが、それでいいんだ。お前も少しは成長したということかもしれん。花巻朔太郎の決断をきっちり示すのだな。
父の情愛にあふれている言葉に朔太郎はどんなに救われたことだろうと思わされます。
自衛隊の仕事がこんなにも責任感があるのだということは、考えれば分かるのかもしれませんが、この言葉を読んで改めて私たち国民はこのような職務についている自衛隊に守られて生きているのだということが感じられました。
戦争をしないためにも、命を懸けて国を護ってくれる職業である自衛隊という職業についてている方に私たちは感謝しなければならないと思わされます。
朔太郎は父と話をして戻ったのち軍司令部のオペレーション会合にに参加を命じられ、ソ連の潜水艦の事故のことを知ることになります。
その後、ハワイでの新鋭原子力潜水艦へ乗船して最新戦術をを学ぶために派米訓練に参加するようにと言われます。
そして、国を護る、戦争を起こさない努力をする仕事こそ、困難であろうとも、やはり自分が命を燃やす甲斐のあることではないかと思うのでした。
ここで第一部が終わり、2部、3部と広大な構想はあったようですが、執筆中に逝去したため未完となっています。
その後の構想のようなものは、この本の末尾に付いていますが、作品としての価値はないと思いますので、ここでは触れないでおきます。