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子供が2歳の時の病死におびえたことは今の生きる糧になっている

takotoha

女の子として生まれれば、物心ついたころから大人になって結婚したら、子供が生まれるものだと思うの普通です。

そして、普通だと思っていたことが、普通にはならないと分かった時は悩まない人はいないと思います。

私は年子の4人兄弟の長女として生まれたのですから、子供は絶対生まれるものだと思っていましたし、子供の数は思いどうりになると疑ってもいませんでした。

そのように思っていた私が、命も危うい状態になって、一人の子供しか授からないことになってしまいました。

死にもおびえながら、2歳にも満たない子供を置いて病床で死ぬことを考えると涙が零れ落ちるような日を過ごしました。

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病死を乗り越えたが子供は一人であきらめざるを得なかった

私の場合は、もし生きることが出来ても、2人目の子供を持つ希望は絶たれたことになります。

病気が治って、本当はそれだけでもとてもうれしいはずなのに、絶対に2人目の子供を産むことが出来なくなってしまったことを受け入れることが出来るまでにはかなりの年月が必用でした。

初めての子供だけでなく、2人目が生まれなくて不妊治療をする方もいるようですが、それでも生まれないのとどのような心の違いがあるのか私にはわかりません。

希望はあるが希望どうりにならないのと希望もないのとどのような心の違いがあるのかは私にはわかりませんが、そのような方も多いと思います。

希望がある方はいつも望んでいるわけですが、努力だけで報われることとは次元の異なったことです。

私は絶望でさえあきらめるのが大変でしたので、かなり複雑な感情があるのだろうと思うほかは何もわかりません。

現在は、晩婚時代になり、最初の子供からそのような悩みを持つ方も多いように聞きます。

不妊治療の技術が進み、かなり効果があるように思われていますが、健康保険が効かないために高額の上に思ううような結果が得られない方も多いようです。

その上、若いときは仕事と子供を天秤にかけて、仕事に打ち込んでいるうちに子供を産む時期を失してしまう方も多いようなので、そのような方がどのくらいの悩みが在るのかさえわかりませんが、人それぞれだろうと思っています。

仕事も子供もどちらも持って、どちらも手に入れている方もいますし、ライフスタイルが変わったために、悩むことのない方もいるのだろうかと思っています。

私自身については、仕事がない悩みもかなり大きかったことから、どちらが良いという選択はその方がどのような選択をするのかがかなり大きな部分になっていると今になって思い起こしています。

私が子供を持てないことで悩んだ時期は、専業主婦という立場だったことがかなり大きかったのかもしれません。

結婚をして専業主婦となってからの心の空虚感も限りなく大きなものでしたが、そのころはそれを打破するだけの心の余裕もなく、もがいていたように思います。

何一つ充実感がない所で、子供を育てることに夢を託していたと言っても言い過ぎではなかったかもしれません。

贅沢と言えば、ぜいたくな悩みかもしれませんが、その時は真剣でした。

それでも、夫が働いたお金で好きなものを買う事も出来ず、家で小遣い程度の仕事をしていましたが、生きがいには遠いものでした。

そして、そんなことで悩みながらがむしゃらに生きていたことが、今の心の糧になっているのですから、人間どのようなことも無駄にならないと思っています。


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