若いときにほかの病気になって、治ればそれなりに嬉しいものでしょうがが、子宮摘出手術を受けて、子供を産むことが出来なくなったことは私にとってはとっても悲しいことでした。
私のまわりで赤ちゃんがあちこちで生まれて、お祝いをあげましたが本当に喜んであげられない自分がいました。
そのような気持ちから立ち上がれたのは、もう自分が妊娠するような年ではないと考えられるようになってからです。
そのころには友達も身内も子供が大きくなり始めていましたから、そのような話が聞こえてこなくなっていました。
それでも妊娠した夢をよく見たので、余程子供が欲しかったのだろうと思います。
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二人目の子をもてなかったことをあきらめられるまではかなり時間が必要だった
そして現在、私の周りには子供のいない夫婦もたくさんいます。
私は自分が苦しんだので、何も聞きませんし探るようなこともしないので、産まないのか、生まれないのかも分からない方もいますが、欲しくても生まれない方の方が多いのではないかと思っています。
晩婚化が進んで子供が生まれにくくなっているようで、治療しても生まれない方が多いとも聞きます。
私は子供が欲しくてとても苦しんだので、そのような方の悩みや苦しみは痛いほどわかります。
悩んでも仕方がないと分かっていても、理屈で割り切れる悩みではありませんから仕方がありません。
私は子供が一人いてさえそのような悩みを経験しているのですから、一人もいない方の悩みはもっとつらいだろうと思います。
子供を育てるのはとても大変ですし、普通に育ってくれればよいのですが、子供を持つ大変さも限りのないものがあります。
私が子供が産めなくなったとき、夫の親からも私の親からもそんなにたくさんの子どもはいらないと言ってもらうことが出来ました。
なんとなく普通に育っていても、育てる大変さを経験しての言葉だったのだと、子供を自立させた私はわかりますが、その時はわかりませんでした。
そして現在のわたしは与えられた一人の子供で充分だと思えるようになっています。
一人もいない方からしたら、納得できることではないかもしれませんが、子供をあてにして生きていける時代ではなくなっています。
そんなに一生懸命育てても、子供は年老いた親の気持ちなどは分かってくれない人の方が多いと思います。
子供を4人育てた母は現在特老に入っています。
老人性うつ病と認知症になった親を若くはない子供の家族が面倒を見ることはできないのが現状ですし、男の子供だったときに見てくれる家族は無きに等しいと思っています。
私は家では面倒を見ることが出来ないので、特老には頻繁に会いに行っていますが、2年も入っていても誰も会いに来ない方もいると特老の方が言っていました。
子供は育てるもので、良く育って当たり前ですし何かあればそのために苦労しなければならないことも多いのではないかとこの頃は思えるようになっていますが、そう思えるようになるにはたくさん悩んだ後です。
しかし早く生まれた私の子の自立は早く、40歳代で二人の生活になってからは子供と一緒に暮らしたことがありませんし、今後も一緒に暮らす予定もないので子供がいない状態での生活はかなり長くなります。
子供は社会の宝物と思うことが出来るようになったのもそんな時期で、それからは自分の人生を生きてきています。