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『けものたちは故郷をめざす』安部公房著ー岩波文庫 

満州からの引き揚げ者である安部公房の初期作品で、「安部公房全集」第六巻(新潮社)1998年を底本にして、現在仮名遣い、読みにくい漢字にはふりがなをつけて2020年3月13日に岩波書店より発行された文庫本なのでかなり読みやすくなっています。

ちなみに、初版は1951年に大日本雄弁会講談社から刊行されています。

従ってこの時代に書いた小説としてはとても読みやすく、戦後の満州という広大な未知の地でありながら、その情景が読むものの心に息づき、引き込まれるように読んでしました。

冬の氷点下数十度という世界は経験したことがありませんが、そんな広大な満州の平野をさまよう主人公の久木久三と得体のしれない日系中国人と、日本に行く船に乗るために南を目指す過酷な航路が詳しく書いてあります。

それは、満州で生まれた日本人として、見たこともない日本にただ帰りたいという思いで荒野を目指すすさまじい生の物語です。

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『けものたちは故郷をめざす』のあらすじと感想

日本人であることを唯一の目的に、桜の美しい、緑豊かなふるさとを孤児となった19歳の久木久三が目指すのですが、日本は焼け野原だと教えられただけで、その地を見ることさえ出来ない結末になっています。

作者の安部公房も引き揚げ者であったことから、このような小説を書くことになったのでしょうが、戦後75年も過ぎて、日本人が体験したこのような思いを私たちは思い続けなければならないのだろうと思いました。

『けものたちは故郷をめざす』のあらすじ

久三は16歳の時ソビエトの参戦を伝えられ、その流れ弾に当たって母は亡くなり、ソビエト兵にお世話になっていたが、日本に帰りたい一心で19歳の時にそこを抜け出し八路軍支配下の列車に乗って南下しますが、途中で国府軍に襲撃されて列車は転覆、得体のしれない日系中国人の男とともに線路から離れた南への直線コースを進みますが、そこは八路軍と国府軍の境界線であり、雪と氷に覆われた酷寒の荒野で、痩せた野犬と狼がひとを狙っている恐怖の土地でした。

ソ連が参戦してまもなく戦争は終結しているので、戦争は終わって2年ほど過ぎていますが、寒さと飢えのための荒野は火を絶やすことが出来ないために寝不足との戦いでもありました。

二人での行動と言っても、信用さえ出来ないままに、一人よりは頼りになると言うだけで、本当に題名のように獣のような荒野の日々を綴っています。

文明から隔絶された荒野を、社会から疎外されてしまった人間の動物さながらの欲望・精神・肉体を描く、地を這うような小説になっています。

そして、読者に人間とは何か、国籍とは何かを私たちに問いかけているようです。

限界に近いところまで歩いたときに、馬車にようやく出会い、日本人が住む町に連れて行ってもらったときでさえ、日本人には異物のように扱われます。

そこで出会った大兼という人が名前を聞いて連れて行ってくれた密輸船には、「久木久三」を名乗って、彼を裏切った高が乗っていました。

高が「久木久三」を名乗り、ヘロインをもって日本への渡航を目指していたのです。ふたりの「久木久三」は、密輸業者にとっては好都合でした。

日本に着いたが久木は下ろしてもらえませんでした。狂った高と逃げだそうとする久三は、船倉に閉じ込められていました。「戦争だ!」と叫ぶ高の横で、久三は次のような妄想をくり返しました。

・・・・・ちくしょう、まるで同じところを、ぐるぐる回っているみたいだな・・・・・いくら行っても、一歩も荒野から抜けだせない・・・・・もしかすると、日本なんて、どこにもないのかもしれないな・・・・・おれが歩くと、荒野も一緒に歩きだす。日本はどんどん逃げていってしまうのだ・・・・・一瞬、火花のような夢をみた。ずっと幼いころの、巴哈林の夢だった。母親が洗濯をしている。

・・・・・こうしておれは一生、塀の外ばかりをうろついていなければならないのだろうか?・・・・・塀の外では人間は孤独で、猿のように歯をむきだしていなければ生きられない・・・・

けもののようにしか、生きることができないのだ・・・・・

荒野の中を迷いつづけていなければならないのだ・・・・・・

だが突然、彼はこぶしを振りかざし、そのベンガラ色の鉄肌を打ちはじめる・・・・・けものになって、吠えながら、手の皮がむけて血がにじむのにもかまわず、根かぎり打ちすえる。

『けものたちは故郷をめざす』の感想

戦後75年も過ぎているから、この時代に引き上げてきた人の多くはかなりの高齢になっているか、もうこの世にいなくなっていると思われます。

安部公房の小説を読んだのは初めてですが、満州という国で生まれ育ち、焼け野原となった日本に帰ってきた作者の思いの深さを感じさせられました。

国家が消滅して次の国家が出来る空白の時代を時空を超えて生きた人間が立ち直るには、厳しい荒野をさまよわなければならなかったのかもしれません。

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