あさイチを見ていて高齢者の暴行事件が20年前に比べて48倍になっているという事にとても驚きました。
認知症が増えていることとも関係があるのだろうと思いましたが、そればかりではないようでした。
知性も教養も兼ね備えていると思われる、元大学教授、元会社の重役など社会的にも経済的にも恵まれているような方も含まれているようです。
元大学教授はNHKに手紙を寄せていて、心の中では分かっているのだが、社会の役に立っているという充足感がなくなったことが寂しいというようなことを言っていました。
些細なことでキレてしまう若者、頻繁に起こる事件、高齢者ばかりでなく、いずれの年代でも様々な事件が起きていますが、高齢者までが感情暴走を起していることを、どのように考えればよいのだろうかと思ってしまいました。
高齢化社会になって4人に1人は65歳以上という事を考えれば、社会の構造も変わっていることは否めないと思います。
スポンサーリンク
社会は20年前とどのように変わったのだろうか
それでは20年前の社会と今の社会は何が変わったのだろうかと考えたときに、20年前は第二次ベビーブームに生まれた若者があふれていた時代でした。
若者や子供がたくさんいるということは、大人としてわきまえなければならないことも多かったのだろうと思いますし、子供の相手をしていれば心も和んだのではないでしょうか。
急速な核家族化で、周りに子供の姿も見えなくなったときに、先が見えてきたと感じている高齢者の安らぎの場がなくなってしまったのではないでしょうか。
私の母は、86歳くらいまでは100歳まで元気でいられるのではないかと思うくらい気持ちの張りがありました。
毎日曾孫と遊び、野球や相撲を見るのを楽しみにしていましたが、その子たちの面倒を見る必要がなくなった時に老人性うつ病になりました。
それまで庭の草取り、家の掃除、洗濯の取り込みとこまめに働いていたことが何も出来なくなりました。
そのころのことを聞きましたら、大家族だったためにたくさんお洗濯ものがあり、どのようにたたんでよいかわからなくなってしまったと言っていました。
そのように何もかも出来なくなったときの寂しさは限りないものだったろうと思いました。
それとともに、認知症とは洗濯をたたむこと、ものを片づけることが出来なくなるという、症状があることも知りました。のちの『認知症になった私が伝えたいこと』を読んでその時の現状を再認識することになりました。
私が、母にどんな様子なのか聞いたら、頭がぼーとしてどうしようもなくつらいと言っていました。
そんな母は、一緒に住んでいる家族にとってはお荷物になってしまい、声も掛けなくなってしまったようです。
わたしが病院に連れて行きましたが、母には疎外感ばかりが募って、寂しくてどうしようもなくなったときに、私の家に来るようにと言ったら喜びましたが、連れてきても我が家には居ることができませんでした。
老人性うつ病から認知症にと進んでいった母は、ますます疎外感にさいなまれ、寂しくて家に一人でいることもかなわなくなりました。
母のように些細な事でも誰かの役に立っているという充足感がなくなった時、高齢者の心になにかが起こるのではないかと私は考えています。
それまでの生き方が充足していればいるほど、陥りやすいのではないかと思っています。
誰かの役に立っているという充足感がなくなった時に、高齢者の心や体に異常が芽生えて、イライラ感がおきてしまい、感情暴走をしてしまうのではないでしょうか。
母も朝から大きな声で怒ってどうしようもないと言われて、何度か行ってみましたが、私の前では大きな声を出すことはありませんでした。
そのようなことから、感情暴走は何かに向かっての自己主張のように思いました。