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『憎むのでもなく、許すのでもなく ユダヤ人一斉検挙の夜』ボリス・シリュルニク著 林昌宏訳

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ナチスドイツの占領下にあったフランスが、ユダヤ人社会を規制するための法律「反ユダヤ法」を1940年に可決しました。それによりユダヤ人の就労は禁止され、次々と逮捕されていきました。

1942年7月18日に母が逮捕されるのを知って著者を孤児院に預けました。そこに1年あまりいた後、マルゴの家に引き取られてユダヤ人一斉検挙で1944年1月10日の夜逮捕されました。

フランスボルドーに生まれた6歳の著者に自分がユダヤ人であること、ユダヤ人がなぜ逮捕されるのか、父や母、親戚まで何故消えてしまったのかも分からなかったようですが、ユダヤ人と言ってはいけないことおぼろげに分かったようです。

この本は、そのような心の闇を除こうと猛勉強して精神科医になり、それらのトラウマから逃れる方法を多角的に分析した本です。

『憎むのでもなく、許すのでもなく ユダヤ人一斉検挙の夜』を読んで

この本は小説ではなく、精神科医である著者の体験であり、心理学の本であるとともに、歴史の警告の本です。

6歳の子供を検挙するために銃をかまえた大人たちがベッドを囲んでいました。「一人の子供を捕まえるために出動したあの日の光景は滑稽だと思う」と後に著者が回想しています。人間はある時、とても正常とは思えないような行動に出るようです。

第1章ーユダヤ人一斉検挙

著者が2度生まれたと書いている、ユダヤ人一斉検挙の夜が2度目に生まれた日です。気が付いた時に父も母も居なくなり、孤児園からマルゴの家に引き取られていた時に検挙されたのです。

自分がユダヤ人であることさえ知らず、なぜ検挙されるのかも分からない6歳の少年が、ユダヤ人が集められたシナゴーグ(ユダヤ教の会堂)のトイレの天井に張り付き、食堂の大鍋や輸送中のジャガイモの袋に隠れて逃げ延びることが出来たのです。少年が覚えていたことはかなり限られていましたが、それらを物語として心の中で作り上げて大人になっていきます。

話しても信じてくれる人がいない中、猛勉強して精神科医となり、自分が置かれた立場を冷静に分析しています。後にその当時助けられた人と巡り合うことが出来、事実とは異なることを記憶していたことも分かりますが、その時親切にしてくれた人たちがいたことで、人を憎まなくなったと感じていたようです。

そして、話をしても分かってもらえないことで、沈黙を守るようになったが、そのことが著者の人生を救ってくれたと考えていたが、それは幼年期に母親が注いでくれた深い愛情のおかげで、他者との出会いが容易になり人間関係を構築しやすくなったのだと思うことが出来るようになったと書いています。

トラウマを考えるのに戦禍だけを考えればよいと思っていた著者は、平和になった現在の私たちが強く生きていくために、幼児期の母親の深い愛情がかけがえのないものだといっているのは示唆に富んでいると思います。

第2章ー悲痛な平和

戦争中より戦後に苦労しているという、感情がマヒしていた戦争が終わって、過去を練り直してそれまでの出来事を再構築していくのだが、それは誰にも分ってもらえず、沈黙の中の構築が40年後にその当時出会った人や場所を訪ねることにより、真実と幼かった著者が構築しただろう物語との差がが分かっていきます。

戦争中は感覚がマヒしていて、父がいなくなったことも母がいなくなったことにも感情が動かず、いつも逃げているような状態の中で、おしゃべりをし陽気に振舞っていたといいますが、叔母のドラと叔父のジャックにあった時に初めて涙を流したというのは、肉親との出会いで心がほぐれたのでしょう。

戦争の悲惨さの中で陽気にしていた子供たちもその後、その試練について思いを巡らすようになった時、まわりの状況の変化からへこたれない精神は失われていくと書いています。

戦争中は親に守られていたために、安定していた子供の精神が、戦争後に起こる大人たちの悩みや苦しみの中で子供の心はトラウマに襲われるといいます。

戦争が終わることにより、それまで恐怖だったドイツ兵はぼろをまとい、虐げられているのを見ることになった子供たちの心を専門家として分析していることに共感を覚えます。

第3章ー耐えがたい記憶

戦中に起こった誰とも共有できない記憶を再構築して自分の物語りを作ることによりトラウマの記憶から逃れたが、それが交友関係を混乱されたと知るのはのちのことです。ユダヤ人ということだけで、危険人物だと思われ、別世界からの話は信じてもらえないことが分かった時に、沈黙すること以外ないと信じたが、それが人間関係を特異にするとのちに気づくことになります。

ユダヤ人であるために迫害を受けることになった13歳の著者はユダヤ人とは何であるかを理解できなかったし、ユダヤ人であることでアイデンティティが引き裂かれても希望を失わないですんだのは、叔母のドラとエミールがいたからでした。

アウシュヴィッツの現実を書いた本は当事者でさえ読むに耐えなかったが、映画「夜と霧」(1955年)が、「アンネの日記」(1959年)に公開された時、ユダヤ人の虐殺が世間で認知され少しずつ話すことが出来るようになって行ったようです。チャールズ・チャップリンの「独裁者」がアメリカで悲劇の最中の1940年に公開されたのは驚くべきことでした。フランスでの公開は戦後の1945年でした。

現実を書いたものは受け入れられませんでしたが、フィクションだったら受け入れられることを知った著者は、様々な経験をフィクションとして書くようになります。

そして、ユダヤ属州総督ポンティウス・ピラトゥスがキリストの無実を知りながらも、キリストの死刑判決を認めたこと、キリストを殺したのはユダヤ人であることを知ったのは10歳の時でした。

第4章ー周囲からの影響

ユダヤ人、600万人が殺されたのは事実です。しかし、ヨーロッパのユダヤ人は羊のようにおとなしく殺されたが、パレスチナ、イスラエルで生まれたユダヤ人は親ナチスのアラブ軍と勇敢に戦っていたようです。

子供だった著者を助けた看護師のデクーブ夫人はボルドー会報の直前に県庁から呼び出しを受けたというが、「とても尊い活動だ多と思います」と述べたられたといいます。風向きが変わった時高級官僚たちは転向の準備を始めたのです。

自分たちと異なる考えの外国人、黒人、ユダヤ人、精神薄弱者などはすべて殺してユートピアを作ろうとした全体主義国家になると、誰もがなびいていき、人を殺すことさえ罪悪感を感じなくなるのですから恐ろしいと思います。

現在、差別的な発言が目立つ政権下に置いて、私たち国民の不安も増していますが、政権与党が力を持っている現状になにも出来ないでいるもどかしさを感じていますが、それ以上の弾圧だったのでしょう。

共産主義のジャックおじさんは著者に対してレジスタンスの英雄でした。そして青春時代の著者は共産主義という信仰に魅了されていきました。

叔母のドラは愛情を注いでくれたが、著者が読んでいる本を理解できなかったし、夫のエミールは知的冒険、人間関係、スポーツにおいては尊敬していたが、隠していた表象は共有することが出来ませんでした。

後にドラはエミールについて「極右の週刊詩」を読んでいたこと、エミールのまわりには、ユダヤ人排斥を唱える人たちが沢山いたことを教えてくれました。そして尊敬していたエミールの影を消すには理解するほかないことを知るのでした。

第5章ー凍り付いた言葉

14歳で共産党の政治活動に参加し、貧しい中でも充実した生活を送っていたが、ルーマニアで見た共産主義の現実に困惑するとともに、フランスに戻った時にまわりの人たちの戸惑いを見ることになります。

1953年に判明した「白衣の陰謀事件」の顛末、1956年のソ連軍のブカレスト進行により、共産主義の高揚は崩れ始め、16歳にして政治活動から足をあらうことになります。

「人は、神話なしに生きていけるのだろうか」と著者が書いているように、時代は様々な指導の元に大きくうねりながら動いているようです。

16世紀初期にラブレーが今日でも議論されるいる問題を提起していると言われえいるのは下記のようなことです。

なぜ心が傷ついた人は、聞いてもらえる状況にならないと、語ることが出来ないのだろうか。文化的な状況が状況が凍っている時、心が傷ついた人は、自分の心の奥底にある地下礼拝堂にトラウマを抱えて引きこもる。しかし春が訪れ、「平穏な状況になると」、心が傷ついた人は表現できるようになり、彼らは人間に囲まれ、人々の中で自分の居場所を再び見つけられるようになる。

アンネの日記が読み継がれるのは、アンネは悲惨な状況を綴ったが、それは耳をふさぎたくなるような出来事ではなく、知ってはいたが見たことのない出来事だったこと。緊迫した空気が張り詰めているが、死の足音が聞こえるからであって死体の山が描写されているからではないといいます。修正された神話や物語は人々に受け入れやすくなるようです。

フランスのヴィシー政権がドイツに協力し、一斉検挙の夜にそれを許可するハンコを押した官僚の一人が裁かれたパポン裁判(1981年)により、多くの事実が公になり、著者のような立場の人も話すことが出来るようになったことで、同じような経験をした人も多いことがわかり、その当時の状況がかなりわかるようになったようです。

いつの時代も同じようにイデオロギーに服従するように誘導されてしまったと官僚たちが多くいるようです。しかし服従より生きる道がなかった時、彼の良心は逮捕した子供たちにミルクや毛布を与えることで命令に服従し得たのだと考えたのだと著者は考えます。

思えばいつの時代の官僚であれ、程度の差があるにしても、自分を殺して服従しなければならないのが現状なのでしょう。

ポパン裁判により、語ることが出来なかった人々が語ることが出来るようになり、著者も皆と同じような人間になったと感じたが、様々な意味合いによって複雑な心境だと書いています。

私にとっての選択肢は、罰するか、許すかではなく、ほんの少し自由にいなるために理解するか、隷属に幸福を見いだすために服従するかである。憎むのは、過去の囚人であり続けることだ。憎しみから抜け出すためには、許すより理解する方が良いのではないか。

と書いています。

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