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『リベラルのことは嫌いでもリベラリズムは嫌いにならないでください』井上達夫の法哲学入門

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政治が混とんとしていて、憲法改正が政権内で論議されているのをニュースで見ながら、自民党のあまりにもひどい憲法改正論に、現在の社会にそぐわなくなった憲法とは何かと考えるようになった時に出会った本です。

九条に照らして自衛隊は違憲であるが、九条を憲法に書いても書かなくても変わりがないという安倍総理の改憲論は、国会で聞いていても矛盾が多く、このような憲法改正が本当に通っててしまった時、日本はどうなるのだろうという不安をいつも抱いていました。

そのような時に購入したのが、井上達夫著の『リベラルのことは嫌いでもリベラリズムは嫌いにならないでください』と続編の『憲法の涙』です。

とりあえず読んだのが、『リベラルのことは嫌いでもリベラリズムは嫌いにならないでください』で、門外漢の私には難しいこともありましたが、それでも著者が伝えたいことはなんとなくわかったような気がしました。

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『リベラルのことは嫌いでもリベラリズムは嫌いにならないでください』の読後の感想

この本は東京大学大学院法学研究科井上達夫教授が、毎日新聞出版志摩和生氏のインタビューアーにこたえる形で、難しい問題をかみ砕いて書いているので私のような門外漢にも少しは理解が出来たのだろうと思います。

本当はもう一度読み直してから感想を書こうと思いましたが、続編も読みたいし、読みたい本が多くあり、いつ書けるかわからないので、おおざっぱな感想を書いておこうと思います。

世界的に右傾化している中リベラルの評判が悪いといいます。総理が国会で朝日新聞たたきをするくらい、日本も右傾化しているし、ネトウヨと言われる方がネットで野党たたきをしています。

リベラル対保守という言葉が出てきたのはベルリンの壁が崩壊し、冷戦終了後のことのようです。知的エリートと護憲とリベラルが結び付き、エリート主義と偽善性が目立つようになったことにより人気がなくなったといいます。

しかし、リベラルは福祉国家擁護であり、不公正な格差を減らすとか、社会保障を充実させるとかの部分では大きく支持を失っていないが、信用を失ったのはエリート主義で偽善的なリベラルとか、欺瞞性を強める護憲派のような部分だという。

わたしも、護憲派を支持していましたが、沖縄などの基地の問題を考えるに至り、日米地位協定の問題、集団的自衛権の行使ができるようになり、九条の意義は何だろうかと思わざるを得なくなりました。

自衛隊というものは日本では通用しても世界では軍隊として扱われるということは憲法にも矛盾があるということになります。たぶん護憲派であっても戦争をしないで済むような憲法改正は必要なのだろうと考え始めています。

リベラリズムとは「自由主義」にあらず(リベラルの危機)

法哲学専攻である井上教授はリベラリズムには「啓蒙」と「寛容」の二つの歴史的起源があるといいます。「啓蒙」の伝統と「寛容」の伝統がリベラルズムの淵源だということはすべての研究者に共通しているようですが、この二つをどのように関連づけるかは、研究者によって議論があるようです。

「啓蒙」と「寛容」という二つの伝統から生まれたが、どちらにも「ポジ」と「ネガ」があり、その「ポジ」どうしを統合させた「正義」がリベラルの核心だといいます。

ひらたく言えば「反転可能性の考え方」で、相手の立場になって考えるということではないかと私は考えました。これは著者の言葉をを読めばわかる通りなのですが、それほど簡単なことではありません。例えば自国利益は他国利益に優先すると考えるナショナリストは最初から普遍主義的な正義を無視しているということになるということです。

これらの問題を、「保守主義との違い」「宗教、道徳問題」「結果への視点」「国家、国旗問題」「慰安婦の問題」「ドイツの反省」「裁き返す」「集団的安全保障」「九条削除論」「戦争の正義の四タイプ」「九条解釈」「護憲派の欺瞞」「憲法と安全保障」「徴兵制という縛り」「兵役拒否の問題」「天皇制」「靖国問題」「危険な依存」などで解説しています。

それぞれに問題点を書いていますが、集団的自衛権の行使容認を閣議決定することで、アメリカへの交渉カードを自分から捨ててしまった安倍政権は、日本の国益と政治的主体性を本当に守ろうとしているのかと、問いかけています。

戦後日本で根強いのが、「諦観的平和主義」で、「正義なんていらない。正義より平和が大事」というもので、「もっとも正しい戦争よりも、最も不正な平和を私は選ぶ」というキケロの有名な格言があるようです。このタイプは心情に訴えるが、論理的には破綻しているといいます。

「戦争の正義の四タイプ」から「九条」へと進むのですが、正義の四タイプで「積極的正戦論」「無差別戦争観」「絶対平和主義」「消極的正戦論」を上げ、憲法九条との関係で問題になるのは、「絶対平和主義」「消極的正戦論」だといいます。

この中で著者の正義論上の立場は、「消極的正戦論」で国連の集団安全保障体制のもと、自衛のために必要不可欠である場合には戦争に訴える。それ以外の、単に悪しき体制を打倒するとか、そういうで戦争をやってはいけないと。

そして九条は、自衛のためでも戦争は使ってはいけない。侵略や専制は不正、抵抗せよと正義を強く主張する「絶対平和主義」を唱えているとしか捉えようがないといいます。

この憲法を正確に読めば、自衛隊と安保は違憲だということになり、それを「原理主義的護憲派」と呼んでいます。それにたいして、護憲派の中でも「専守防衛の範囲なら自衛隊と安保は九条に違反しない」という人を著者は「修正主義的護憲派」と呼んでいます。

あれだけ大きな武装装置を持つ自衛隊が現にあり、世界最強のアメリカの戦力をを使って自衛のための戦争を行うことが交戦権の行使に当たらないなんてどうしても無理だといいます。

著者は、九条を削除し、安全保障の問題は、通常の政策として、民主的プロセスのなかで検討されるべきで、ある特定の安全保障観を憲法に固定すべきではないと言っています。それを憲法に固定化したら、それはなかなか変えられません。

憲法の役割というのは、政権交代が起こり得るような民主的体制、フェアな政治的競争のルールといくら民主制があっても自分を自分で守れないような被差別少数者の人権保障、これらを守らせるためのルールだと私は考えます。

一方、何が正しい政策か、というのは、民主的な討論の場で争われる問題です。自分の考える正しい政策を、憲法にまぎれ込まれて、民主的討議で容易に変えられないようにするのはするのは、アンフェアだ。

本文より

この著者の憲法削除論を読んだ時私は雷に撃たれたような気持になりました。九条改正は自衛隊、安保条約などとの兼ね合いから様々な問題があるのを感じていて、自民党案は問題外としても、いつかは変えざるを得ないのではないかと思っていた時に、九条を削除をして自衛隊などは民主的な場で決めるのであれば、政権交代などである程度変えることが可能になります。

そして、戦力を持つことに決めれば無差別公平な完全徴兵制でなければならないと。富裕層だろうが、政治家の家族だろうが、徴兵逃れは絶対に許されない。しかしある条件のもとに、良心的兵役拒否を認めると書いています。これらの詳しいことは実際に本を読んでいただきたい。

すべての人が兵役を負うということは戦争により慎重になるのではと思います。著者は「消極的正戦論」で国連の集団安全保障体制の元、自衛のために必要不可欠である場合以外は戦争をしないという立場をとっています。

次に天皇制の問題も扱っていますが、私はこの問題は分からないことが多いので触れないでおこうと思います。

上記は「一部のリベラルの危機」について書きましたが、二部の「正義の行方」著者の井上達夫が法哲学をどのように発展させていったかが書いてありますがのちに書いてみようと思います。

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