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生き方・文化・伝統工芸品

親の思うようにはならない子供の職業

2014年7月28日

パナソニック株式会社の創業者 松下幸之助は一代で会社を起し、大企業にと成長させました。

松下幸之助は来る日も来る気も毎日、電球のことばかりを考えていたのだろうと思います。

そのようにして勝ち取った技術は、受け売りの技術とは比べようもないほど大きなものだったろうと感じます。

現在の子供たちはそんなことができるほど、時間が在るのだろうか思うことがしばしばあります。

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好きで好きで仕方がないものを仕事にするために

我が家の娘は、毎日ハンコチョウを虫かごいっぱいに集めて持ってきました。

跳べないどぶ川に毎日挑戦して落ちては、泥だらけになって帰ってきました。

体中臭くなっている子供の洋服を脱がせて、着かえさせ毎日洗濯するという日が続きました。

理解があったわけではない私は、毎日叱っていましたが叱っても止めるような子供ではないので、毎日着替えさせて洗濯していました。

トカゲを虫かごに入れてきて、家の中で飼うと言ったこともあります。

家に来たシマヘビをかわいいと言ったら逃げて行ったこともありました。

勉強はするように言いましたが、あまりしませんでしたが、今は子供の時からなりたかった薬剤師になって毎日が楽しいと言っています。

あまりよい親だったとは思っていませんが、経験だけはできるだけさせたつもりですが、子供から行きたいと言わなかった学習塾には行かせていません。

薬剤師になるには、薬科大学を出て、国家試験に受からなければなれませんが、それは運が良かったから入学できたというのが娘の言い分です。

親は誰でも子供に理想像を持っていますので、自分がかなえなかった生き方をしてほしいと願うことが多いようです。

子供がなりたいことが、受け入れられる職業だったときは親は悩みも何もなく応援すればよいだけですが、かけ離れていた時には反対することも多いと思います。

我が家の場合は、私たちが反対する理由がない職業を選んでくれたので、入学できるかが悩みの種ではあってもさほどのジレンマを経験しないですみました。

今は子供も成長し、私の人生経験も長くなっていますので、大概のことは受け入れられそうな気がしますが、やはり難しいだろうとの思いもあります。

私が子育て真っ最中だった頃のことを考えると、職業によってはすんなり受け入れられないものもあっただろうと思います。

しかし、自分が言い出したことは引かない性格の娘はどんなに反対しても自分の好きな道にすすんだろうと思います。

子供を授かった時の私の教育方針は、「自分の足で立てる人間になってくれること。」でしたから娘の言う事を認めざるを得なかったと思います。

大学にはいった時から、別居しましたし、大学までは経済的には援助しましたが、その後はその時々のお祝いは上げたものの自分の力で娘は生きていますし、一緒に生活した年月よりも離れて住んでいる年月の方が長くなっています。

私は、自立できるように育てたと思っていますが、そんなことを知らない子供は自分が自立していると思っているようです。

親であれ、子であれ、別人格ですので友人より少し近いところにいると考えておいた方が良いと考えています。

子供は子供の才覚で生きていくほかはないのですから、本当に好きなことが在ったら少し力を貸すことぐらいしかできないのだろうと思っています。

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