嫌われる勇気―――自己啓発の源流「アドラー」の教えは哲学者、岸見一郎と古賀史健との共著になります。
哲学者と青年の対話によりアドラー心理学を読みやすく、分かりやすい形でまとめたものです。
私はユング派の臨床心理学の第一人者「河合隼雄」を知って数冊の本を読んだことがあります。
ユング心理学は難しかったのでしょうが、読みやすく書いてある本が多かったのと、河合隼雄の人間性が好きで興味深く読んでいました。
スポンサーリンク
自己啓発の源流「アドラー」の教えとは
そのようなことから、フロイトやユングの本も読みましたが、そのころの私には理解できることが限られていたと思いますし、深く心に残っていることも少ないので、そんな読み方しかしていなかったのだと思います。
そして、アドラー心理学は聞いたことがありましたが読んだのは今回が初めてでした。
アドラーはフロイト、ユングと並んで現代の心理療法を確立した1人で、同時代を生きた人でもあったようです。
今回、嫌われる勇気―――自己啓発の源流「アドラー」の教えを読んで私自身どのくらい理解できたかわかりませんが、フロイトやユングの本を読んだ時よりは理解できたように思います。
理解できると言う事と実行できると言う事は別問題なので、私がこの考え方をすべて理解し実行できるかどうかはかかりません。
しかし、生きている限りは悩みはつきものだし、悩みは何とか解決しなければなりません。
しかし、フロイトやユングの分析心理学の場合は自分自身を解析するむずかしさが伴いますが、アドラー心理学は自己受容、他者信頼、他者貢献なので、自分自身を中心に考えるため、前向きに進めるように思いました。
誰もが、人に嫌われることがないように生きたいと思っていますが、人生経験が長くなるにしたがって、自分を殺して生きる生き方に疑問を持つようになると思います。
私も様々な経験の結果、「人の口には戸が立てられない」ことを心底思い知らされ、ある時期を境に人になんと思われようと自分が良いと思い、恥ずかしくない生き方だったら、人の目は気にしないで生きていこうと心に決めました。
まさに「嫌われる勇気」を持つことができた時だと思います。
その前の私は、誰にでも好かれないといけないと思っていましたが、そのように決心した時から生きるのが楽になってきましたし、自分の考えも言う事が出来るようになりました。
もしかしたら、わがままな生き方になったのではないかと思うことがありますが、自己受容をしたうえで、他者信頼、他者貢献はできる限りしていこうと思っています。
以前は劣等感の塊のようだった私が、少しは自分にやさしくなれるようになりました。
そして誰にも変わってもらう事の出来ない現在の自分を精一杯生きていきたいと思えるようになっています。
一番の悩みの種であった、どうしても受け入れることのできない人との関係は無理をしなくても良いと言う事が分かり、とっても気が楽になっています。
そのエネルギーは他に回して行こうと思っています。
心に残った言葉 キリスト教 ニーバーの祈りより
「神よ、願わくば私に、変えることのできない物事をうけいれる落ち着きと、変えることのできる物事を変える勇気とその違いを常に見分ける知恵をさずけたまえ」