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母の介護

老人性うつ病・認知症の高齢者の心を見つめる1

2014年2月9日

著作者: marfis75

母が老人性うつ病になり、認知症を併発した症状を最初からつぶさに見てきて、親身に本人の話を聞いてきました。

そして、私は最初から話し相手になり、病院探しから様々なことにかかわってきました。

納得できないときはほかの病院を受診させたり、他の症状が心配なときは泌尿器科などの診療科にも連れて行きました。

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老人性うつ病・認知症になり、自分の心も体も思うようにならなくなった高齢者に大切なのは優しい声かけ

母の病気を冷静に見ることが出来たのは、私が主介護者でなかったことも大きいと思います。

母が老人性うつ病ではないかと思った時点で、専門書も読みましたし、ネット検索も繰り返しました。

最初に症状が出たのは87歳のときで昨年の12月に93歳になりましたので、6年目に入っています。

病院受診の経緯は他で項で書いてありますのでここでは書きませんが、老人性うつ病という診断を受けて治療を受けることになり、うつ病の主症状(朝起きたときに頭が重くて大変だったり、人と会うのがとても嫌だったり、どこにも行きたくなく何もする気がない。)などの症状は改善していきましたが、何もしたくなく、寂しくて一人でいられないという症状はかなりひどくなっていきました。

私は最初から大病院に連れて行きましたが、総合診療科に回されてしまいました。

後で知ったのですが、その病院の精神科は全予約制で、初診の場合2カ月は待たなければならないと言う事でした。

そんなことから診察していただいた時は、かなり症状が重くなり、MRIなどの検査もできるような状態ではなく、物忘れもひどくなっていました。

物忘れはかなりひどくなっていることは、本人も分かっていてつらいようでしたが、意思疎通に不自由を感じると言う事はありませんでした。

しかし病気になってからは、それまでとても良い関係を保っていたと思っていた同居家族は声も掛けなくなり、いろいろとうるさいからと外のことから遮断するようになっていったようです。

出かけるときも話をしていくとうるさいので隠れるように出かけたりしたようで、そのようなことはかなり敏感に感じていた母は、私に会うと寂しそうに言っていました。

家族にとっては同じことを聞かれるのが嫌だったのでしょうが、それが母の症状を悪化させ、寂しさと孤立感を募らせることになったようです。

同居している人の大変さはわかりますし、私は何も言えない立場でしたのでケアマネージャーさんに対応を頼みましたが断られました。

そのころは、家ではいつも怒鳴られていたようで、私が行くと泣いていることが多くなっていました。

そんな状態の中私と妹も来てくれて、病院に連れて行く日をとても楽しみにしていました。

最初のころは大変でも外食がやっとできる状態でしたので、それもとても楽しみだったようです。

そのあと、わが家に連れてきて、夕方まで遊んでいくのですが、物忘れはかなりありましたが、いろいろと話をしているのですが、疲れてくるとトイレが頻繁になり、戻ってくるとまた行くという感じになっていました。

疲れてくるとトイレに行くことしか考えられないのは、私にはどんな気持ちかわかりませんが、時々、思いついたように「自分でトイレにも行けるから・・・」というのを聞くと、舅、姑、夫と3人のおむつの世話をした母が自分はそうはなりたくないという意識が働いていたんではないかと思ったりすることもあります。

泌尿科も何度か連れて行き診ていただきましたが、そちらは悪くないと言う事でしたので、気持ちの問題が大きいようでした。

家ではずっと一人で行っていましたので、家の人はトイレが近いことも知らないし、感じていないようでした。

寂しさのため、かまってほしい気持ちがそちらに行くのか、おむつをしないようにと思っている気持からなのか私にはわかりませんでした。

そんな状態で、4年あまり病院に連れて行っていましたが、私が網膜剥離で緊急入院その後再手術などで会うことが出来なかった日が3カ月くらい続いた後にかなり症状が悪化してしまいました。

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