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母の介護

私の母は87歳で急に体調が乱れ、気力、体力も落ちて何もできない状態になってしまいました。

離れて住んでいた私は、家族が多く家で仕事をしている実家に頻繁にいくこともできず遠くから様子を見て言いましたが、何度か会ううちに老人性うつ病ではないかと思いました。

しかし家族でもない私がでしゃばるわけにもいかないので、相談されたときに一度お医者さんに連れて行ったらと言いましたが、連れて行く気配はありません。

見かねて連れて行きましたが、総合診療科に回され基礎検診をして、こちらの話を聞いてはくれましたが、体は異常がないことだけで先には進めませんでした。

後で認知症やうつ病を疑って電話した時には、精神科や神経内科は予約制になっていて1カ月くらい待たなければならなかったことがわかりました。

薬もいただかないで帰ってきたのですが、その後は寂しくて一人でいられないようになり、私のところにも頻繁に電話がかかってきますが、家の人は動く様子もないので、うつ病を診てもらうために精神科と認知症の検査のために神経内科の予約を取り私と母の病院通いが始まりました。

私が体力がないので、1ヶ月に一度の病院の日は妹にも来てもらい、実家まで20キロありますが夫に運転を頼み送り迎えでの行き帰り80キロの病院通いが始まりました。

そのような母の介護の記録をまとめることにしました。

母の介護

2015/6/20

93歳で逝った母は幸せでなかったが10年後に介護難民が45万人

介護難民とは介護が必要な高齢者であっても、家庭でも施設でも病院でも介護を受けることが出来ないもののことであり、私たちにとってももっと若い方にとっても大きな社会問題となりますが、今現在も見えないところでたくさんの介護難民がいると思っています。 昨年、とってもかわいそうな思いを経験しながら母を亡くしましたが、介護難民と呼ばれる状態ではなかったものの介護が必要となっている高齢者にとって、みじめさは変わりません。 スポンサーリンク 10年後に介護難民が45万人ー母を看取った私も介護難民の予備軍 厚生労働省のホーム ...

母の介護

2015/6/15

失って感じることの多い母の偉大さー母の1周忌

母が亡くなって1年が過ぎようとしている今日の日曜日に1回忌が営まれました。 93歳まで生きた母ですが、思いはどんどん大きくなっていきます。 子供の頃も、私が結婚してからも母を偉大だとか、立派だとかは感じたことがありませんでした。 そんな風に思うようになったのはいつからだろうかと考えてみてもはっきりした記憶はありませんが、亡くなった後にそんな思いが大きくなっています。 スポンサーリンク 失って感じることの多い母の偉大さー母の1周忌 晩年は老人性うつ病と認知症でとても寂しい思いをしていた母をかわいそうだと見守 ...

母の介護

2014/12/19

認知症の母の終末期と向き合った経験からケアを考える

誰にでもやってくる終末期をどのように迎えるべきなのか、介護問題を含めて考えなければならない時が来ていると思います。

母の介護

2014/10/12

「女三界に家なし」という時代を生き抜いた亡母を時々思う

「女三界に家なし」という時代を生き抜いた亡母の笑顔を見たいと思いながら、数年間を過ごしてきましたが、かなわないまま逝かせてしまったことがいつまでも心に残っています。

母の介護

2014/9/18

年齢的には大往生だと思うが、今でも母がかわいそう

老人性うつ病がどんなにつらい病気か、周りの人に理解してもらうことがないまま、亡くなった母が今でもかわいそうでなりません。
もう書くのは止めようと思いながら、また愚痴を書いてしまいました。

母の介護

2014/9/1

人間らしい最期を迎えるってとても難しい

老人性うつ病になって、認知症が入り、とっても寂しかった母の晩年でしたが、母はすべてを許して生きる生き方を教えてくれたように思います。

母の介護

2014/8/11

亡母の納骨は日本列島が台風の影響を受けた日に濡れずに終わった

近辺でも台風の影響が出た台風の日が母の納骨の日でした。
関係者はかなり心配しましたが、外の儀式のときは降られず、いつもよりも涼しい中で終えることができました。
いつも、人の心配をしていた母が、雨をよけてくれたような気がしました。

母の介護

2014/8/9

高齢者介護(老人性うつ病や認知症)は家族の意識を変える教育が大切

老人性うつ病で認知症の母の介護にかからって、介護者の教育の大切さを実感しました。
看護者は初期状態から、責任を持ってみなければなりませんからとても大変ですが、知識の有無は介護をするためには大切なことだと思いました。

母の介護

2014/8/7

母が誰彼の手をつかんで離さなくなったのは私が入院してからだった

老人性うつ病や認知症の介護老人を抱えたときは、負担位ならない程度にやさしくしてあげることは基本だと思います。
それが出来なければ、あらゆる手を尽くして専門家にお願いするほかはないと母の介護を通して思いました。

母の介護

2014/7/30

施設で最期をを送れるって幸せな事かも?

私は家で最期を看取った、祖祖母、祖父、祖母を見てきて、その後、病院で亡くなった父、夫の父、を看てきました。
施設で亡くなったのは、母だけですが、とっても人間的な最期を迎えることができたと思っています。

母の介護

2014/7/21

認知症ケア“ユマニチュード”ー見つめて、触れて、語りかけて 

見つめて、触れて、語りかけて 認知症ケア“ユマニチュード”  を少しでも知っている方が介護をしてくれたなら、母の心はとっても穏やかで豊かな最期を迎えられたと思います。
寂しさを和らげてあげられなかったことが、いつまでも心に残っています。

母の介護

2014/7/8

母の介護経験から―自宅介護は限界があると思う

母が特老で亡くなりましたが、介護士さんに本当に良くしていただいたと感謝しています。
最期まで、トイレを使うことができたことを母は誇りに思っているだろうと思います。
これはトイレを訴えたときに誰かが連れて行ってくれたからにほかならず、家ではかなわぬ事でした。

母の介護

2014/6/30

93歳の母はひっそりとあの世に旅立ってしまった

老人性うつ病、認知症を患っていた母は誰にも看取れることなく、あの世に旅立ってしまいました。
寂しくて、寂しくて仕方がなかった母も今は父のもとで、寂しさから逃れられたのでしょうか。
最期に合った時の母の手のぬくもりが私の手に残っています。

母の介護

2014/6/7

認知症の行方不明者の増加を考える

OLYMPUS DIGITAL CAMERA OLYMPUS DIGITAL CAMERA[/caption] 著作者: Martin Hricko 私には認知症の高齢の母がいますが、母はうつ病から来た認知症のために、行方不明になる心配はあまりありませんでしたが、もっと元気で帰る場所を忘れてしまうような認知症の家族がいたらと思うと心労はいかばかりかとニュースを見るたびに思っています。 誰もが老いていきますし、高齢化社会になり、認知症のリスクも多い世の中になっています。 父は脳梗塞のために最後は寝たきりにな ...

母の介護

2014/5/31

老人性うつ病とアルツハイマー認知症の症状の違いー老人性うつ病の母を7年間看てきて

老人性うつ病と認知症を持った母を7年近く見てきて、その経過から老人性うつ病とアルツハイマーの初期症状の違いを思いつくままに書いてみました。
現在はゼリー状の食事になっていて、水もむせて呑み込めない状態ですが、トイレは訴えて連れて行ってもらっているようです。

母の介護

2014/5/26

母は行くたびに体は弱っていくが認知症の症状は和らいでいる

2週間ぶりに特老に入所している母に会いに行きましたが、行くたびに弱ってきているのが分かります。
食事ができ来ましたが、前回に飲み込むのが大変だと思っていましたら、」ゼリー状の嚥下食になっていました。
しかし、認知症は進むこともなく、いろいろなことを思い出して話していましたし、トイレもの感覚もあるようでおむつはしているもののほとんどトイレを使っていると言う事でした。

母の介護

2014/5/11

介護疲れで無理心中を図った息子のニュースを見て

介護疲れで無理心中を図ったのではないかと言うニュースを見て、老人介護の現場が変わらない限りそのような犠牲者が続出するのではないかと思いました。
貧富の差が激しくなり、大変な人が見えにくい現在の社会を改善することを真剣に考えなければならない状態になっていると思います。

母の介護

2014/5/9

特老に入所中の母は家に帰りたいようだが、ここが最良の場所だと思う

特老に入所している母は、行くたびに弱っているが、体に合った食事を食べさせてもらう来tが出来、トイレにも連れていったもらえるなど、家ではとてもしてもらえないだろう介護を受けています。
本人は家に帰りたいと言いますが、私が考える限り、母にとってはここが最良の場所だと思っています。

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