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生き方・文化・伝統工芸品

東京の伝統工芸品|江戸切子

2013年7月25日

江戸の末期に生産された江戸切子は透きガラスを使って、切子細工をなされたようですが、徐々に薩摩切子のような色被せガラスの技法・素材も用いられるようになったようです。

現在は、当初からの素材であるクリスタルガラス等の透きガラスよりも色被せガラスを素材に用いたものが切子らしいイメージとして捉えられており、多く生産されているようですが、私はクリスタルガラスの輝くように透き通ったガラスにも強い魅力を感じています。

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東京の伝統工芸品|江戸切子

1834年(天保5年)に江戸大伝馬町のビードロ屋、加賀屋久兵衛(通称:加賀久)が金剛砂を用いてガラスの表面に彫刻で模様を施したのが始まりと言われる。

加賀久は日本橋通油町の硝子・眼鏡問屋・加賀屋(通称:加賀吉)から暖簾分けし、切子も始めたとされる。

1873年(明治6年)、明治政府の殖産興業政策の一環として品川興業社硝子製造所が開設され日本での近代的な硝子生産の試みが始まった。

1881年(明治14年)には当時最先端の技術を持ったイギリスから御雇い外国人としてカットグラス技師・エマヌエル・ホープトマンを招聘し技術導入が行われ数名の日本人が師事、近代的な技法が確立され以後発展した。

江戸切子の歴史より

薩摩切子との違いは薩摩切子が島津藩の窯から始まったのに対して、江戸切子は町民の工夫で作られたもののようです。

伝統工芸品はどこでも同じかもしれませんが、手仕事ということもあり、加賀屋やホープトマン等からの脈々と繋がる系譜があり職人・加工場・作家の師弟関係をたどることが出来るようです。

大橋巨泉が戦前の江戸切子職人、名人の大橋徳松の孫であると言う事も知ることができました。

生活の場で輝く江戸切子の魅力はその発展に携わってきた方の努力で現在まで受け継がれ、生活に潤いを出してくれます。

素敵な器で飲む一杯のお酒も違った味に感じられるかもしれません。

機械で作られたものの中で生活している私たちの食卓に手仕事の温かみのある器を添えることでその日の疲れも癒されるのではないでしょうか。

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