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『深い河』 遠藤周作著-人間の生と死のはざまの混沌を描く

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沈黙 (新潮文庫) とともに遠藤周作の代表作とも言えます。

遠藤周作の本を数多く読んでいるとは言えませんが、「沈黙」はかなり前に読んで感動した作品です。

キリスト教信者の家庭に生まれて、物心つく前にキリスト教徒であった遠藤周作が、宗教を深く見つめることになったのは必然なことだと思われます。

「沈黙」第2回谷崎潤一郎賞受賞作であり、「深い河」は毎日芸術賞を受賞しています。

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『深い河』 遠藤周作著-人間の生と死のはざまの混沌を描く

インド仏跡旅行のツアーに参加した人たちのそれぞれの過去の陰影を描くことによって人間の心の深淵に迫った作品だと思いながら読みました。

美津子の場合

美津子は遊び仲間から「モイラ」というあだ名で呼ばれていました。

ジュリアン・グリーンの小説の「モイラ」は自分の家に下宿した清教徒の学生ジョセフを面白半分に誘惑した娘だったが、美津子はそのような雰囲気を持ってはいたが、心はいつも虚ろな女性でした。

男子生徒にけしかけられて、毎日キャペルでお祈りをしている大津を誘惑して捨ててしまいました。

美津子は有名実業家の息子で月並みな男性と結婚し、新婚旅行の時に夫と別行動をしてフランスのリヨンの神学校入っていたと聞いた大津に会うことにしました。

大津は白黒のはっきりとした西洋のキリスト教の考え方にもついていけないと悩んでいるようだったが、その後神父に非適格として延期されていたが、同級会でインドで神父になっているという噂を聞いてこのツアーに参加していました。

大津の生き方を否定しながらも、いつも満たされないものを抱えている美津子は離婚し虚しさから抜けることができないままでした。

磯辺の場合

磯辺の妻は手遅れの癌になり、手術も難しく、抗がん剤投与と放射線治療をしても余命3ヶ月長くて4ヶ月と医師に告げられます。

医師が言ったように磯辺の妻は徐々に弱っていきモルヒネで痛みを抑えるようになったころ、ボランティアで美津子が妻の面倒を見てくれているのに出会うことになりました。

それは愛の乾いた自分だから、愛のまねごとをやってみるという自虐的な気分でしていたボランティアでした。

磯辺は妻が生き絶え絶えに、「わたくし・・・必ず・・・必ず生まれ変わるから、この世のどこかに。探して・・・・私を見つけて・・・約束よ、約束よ」といった言葉が忘れられずにいました。

妻を愛していたとか、いたわったとかそのようなことを思うことなく生きてきて、妻がいなくなった寂しさに耐えられなくなるのは、多くの日本の男性と同じようでしたが、亡くなってから妻の大切さが心にしみるのでした。

そんな時、ワシントンで暮らしている姪からの誘いでアメリカに行くことになり、姪の書棚の有名な映画女優シャーリー・マクエーンが書いた本がベストセラーで、自分の前世を探っていく本だと聞いて磯辺は興味を抱きます。

ヴァズニア大学のスティーブンソンという学者がスタッフと一緒に世界中から前世の記憶を持っている子供の例を集めて、その報告が正しいかどうか、徹底的に調査していると聞いて、ヴァズニア大学のスティーブンソンに問い合わせてみました。

2通目の手紙にインドの4歳の少女が前世は日本に生きたという報告があったという手紙をいただいて探しにインドツアーに参加したのです。

沼田の場合

沼田は当時日本が植民地化していた満州の大連で暮らしていたが、両親は仲が悪くいつも喧嘩ばかりしていて、拾ってきた満州犬のクロが唯一の話し相手でした。

母と日本に帰ることになり、大連港に向かう馬車を連れていけないクロは必死に追いかけてきたが力はててあきらめたクロが小さくなるまで見つめていました。

そのような悲しみを知った沼田は童話作家になり、犀鳥を飼ってピエロと呼び毎日話をしていたが、昔かかった結核が再発し、妻に面倒を見られないと言われて逃がして入院することにしました。

開発されたばかりの抗生物質も効果をあげ、外科手術を行ったが、昔の気胸療法の肋膜が癒着していたため、2度失敗して、処置に困って話し相手が欲しいいと思っていた時に、妻が犀鳥はいないからと九官鳥を持ってきてくれたのです。

沼田は誰にも言えない辛い思いを毎日九官鳥に話しかけていました。

沼田にとっては犬のクロや犀鳥や九官鳥が神のような存在だと思ったのです。

賭けのような手術をすることになり、やっと息が付けるようになった時に、九官鳥のことを妻に尋ねたら、夫の看病で手がいっぱいで、屋上に置いていた九官鳥を見に行ったら死んでいた、という事でした。

鳥かごを屋上から持ってきてもらい、鳥が死んだことを確任した時、九官鳥が自分の身代わりになってくれたと感じたのです。

医者たちが憂慮した手術の経過は奇跡的といってもいくらい良かったが、この時も沼田の瞼には九官鳥と犀鳥がいました。

木口の場合

木口は戦時中ビルマの食べ物もない雨季のジャングルを、自決するための手投げ弾と飯盒を腰につけてマラリヤで死んだ人、うめいている人の中をを夢遊病者のように歩いていたが、自分もマラリアになり死の淵を彷徨ったが、塚田が一緒にいてくれたおかげで助かりました。

木口たちは人間に起きうる中でも究極と思われる死と絶望の世界を経験した世代の人だったようです。

そんな辛さを抱えた塚田は復員しても酒浸りになって肝硬変で亡くなる前に木口やキリスト教徒のガストンにも知り合いの人肉を食べたことを話して亡くなった時の顔は安らかでした。

大津の場合

大津は母親の影響でキリスト教徒になったが、キリスト教と仏教、ヒンズー教などのほかの宗教との狭間で悩みぬいた末に、神はどの宗教の中でも生きていることを悟り、神父でありながらヒンズー教徒の家で暮らし、ガンジス川で死ぬために歩いてきた行き倒れの老人たちを探してガンジス川まで運んでいるというのです。

その死体が川のほとりで炎に包まれるとき、神にお祈りするという。

ガンジス川はどのような生きてきた人間もすべてを飲み込んでくれる

それぞれの業を背負いインドツアーに参加した人たちが見たものは、とてつもなく深い愛で包んでくれるガンジス川でした。

古代から飢饉や病気に苦しめられていたインドの民衆は苦痛、病苦から解放され死ぬためにガンジス川にとやってくるのです。

乗り物にも乗れない貧しい人たちは遠くから歩いてきて、途中で倒れてしまう人が多く、市が1日1回巡回してガンジス川に連れていくが、大津は見落とした死体を運び続けているといいます。

ガンジス河を見るたび、僕は玉ねぎ(神)を考えます。

ガンジス川は指の腐った手を差し出す物乞いの女も殺されたガンジー首相も同じように拒まず一人一人の灰を飲み込んで流れていきます。

玉ねぎ(神)という愛の河はどんな醜い人間もどんなによごれた人間もすべて拒まず受け入れて流れます。

深い河 大津の言葉 より抜粋

磯辺は妻の生まれ変わりを探すことができなかったが、ガンジス川のほとりでそれまで思っていなかったくらい妻への愛を感じていました。

沼田は身代わりになってくれた九官鳥を購入して、鳥類保護地域に逃がしてやることで死んだ九官鳥へのお礼ができた思いをしていました。

木口は戦友の塚田やビルマでマラリアで死んでいった日本兵のために阿弥陀経をガンジス川のほとりで唱え成仏を願うことができました。

美津子も木口の話を聞きながら、ガンジス川は人間のどんなことも包み込み、流してくれると本気で思っていたのです。

インド人が天性の河と言っているガンジス河は死人を焼いた灰が流れる河で、ヒンズー教徒たちから聖なる川と言われておりそこで沐浴をして、口をすすぎ、髪を洗い祈るところでもあるのです。

生と死と人生の苦しみを清めるように流れているその川にヒンズー教徒と同じ様にサリーをまとった美津子が入って祈っていたのです。

「信じられるのは、それぞれの人が、それぞれの辛さを背負って、深い河で祈っているこの光景です」と美津子の心の口調はいつの間にか祈りの調子に代わっている。

「その人たちを包んで、河が流れていることです。人間の河。人間の深い河の悲しみ。その中に私も交じっています。」

深い河 美津子の言葉より

その時美津子が見たものは、同じツアーのカメラマン三條が火葬場付近で写真を撮ろうとして激昂を買い逃げた後に止めに入った大津が殴られて首を折り、病院に運ばれたが危篤であることがわかったところでこの小説は終わります。

感想文というよりは読み込みの足らない、あらすじになってしまいました。

深い河は遠藤周作がクリスチャンでありながら、汎神論的感覚を最後まで捨てることのできなかった自分を大津に投影しているのかもしれませんが、そのあいまいさが西洋の小説との違いになっているのかもしれないと思いました。

現在の日本の代表的な若者として三條夫婦のような生き方が一般的になっているのかもしれないと思いながらも、現在の日本人が抱えている悩みは見えにくいだけ深いものがあるのではないかと思いながら読みました。

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